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第14話

side 朔 熱で魘される恋人の頭を撫でると、多少表情が和らいだ。 「い、や...」 そう思ったのも束の間、また(うな)され出す。うわ言のように呟き続けるのは、「いや」だったり「やめて」だったり「離せ」だったりと、拒絶するものが多い。 時には「寂しい」や「会いたい」などもあった。これは多分、俺に向けたものなのだろうと思うと、心苦しくなる。 結果的には連れて帰ってこれたものの、もっと早く迎えに行けたのではないかと、考え、やめた。考えたってどうにもできない、過去のことだ。 「譲」 呼ぶと、驚いたことに薄目を開いた。 そして、返事をしようしてるのか、譲の口が動き声が出る。 「...に......?」 なに、と言いたいらしいが、上手く話せていない。喉がやられているのか、咳をよくする。 「なんでもない」 「.........」 視線が、「なら呼ばなくていいのに」と不満そうだ。呼びたくて呼んだ、なんて言い訳したら今度はそっぽを向かれるかもなと黙っておく。 そのうち、譲はまた目を閉じて寝てしまった。寝顔は可愛らしいもので、まだ幼さが残る顔に触れる。 「熱い...」 熱が出て倒れた譲をベッドに運んだから、救急箱に入った体温計はリビングにおいたままだ。 身体中の痛々しい後を思い出しため息をつく。縛られたあとはもちろんのこと、自分で傷を作ってしまっている部分がより見るのも辛かった。 そこまでしなくてもよかったのにとも思う。確かにキスマークなんて消えてもらった方がいいが......。 部屋を出て、取ってきた体温計を脇にさしてやる。先の方が冷たかったのか少し唸った。 電子音が鳴り取り出してみると、38.8。 「高いな...」 薬を飲ませた方がいいか、と救急箱から解熱剤と冷えピタを、キッチンから水を取ってくる。キッチンに溢れかえる食器を避けるように水を入れるのは大変だった。 冷えピタをおでこに貼り付ける。 さて.........どう、飲ませようか。 起こすか、口の中に入れるか。起こすのは可哀想だし、口の中に入れても錠剤だから飲みこめるかどうかわからない。 多少強引だが、粉薬タイプの解熱剤を水に溶かして飲ませればなんとかいけるだろう。 水、(あらた)め、ぬるま湯に粉薬を溶かす。頭だけ少し持ち上げ飲みやすい体制に変えて唇にコップを当てた。 「!」 口に薬を溶かしたぬるま湯を入れると、譲はいきなり目を開けてコップを振り払った。コップは中身を撒き散らしながら床に転がる。 「はぁ...そんなに嫌か?」 譲の薬嫌いは今に始まったことじゃない。昔は薬を飲んだとウソをついて捨てていたくらいだ。 だが、怯えた表情の譲の目に俺は映っていなくて、酷く虚ろなことに違和感を覚える。 「や、やめ...っ」 「譲?」 明らかに様子がおかしい。 「それ、やだっ」 俺の腕を振り切り部屋の隅へ逃げる。 「それ?」 「み、みず、いや...薬いやだ!」 ...もしかして、睡眠薬が入ってると思っているのか?軽くトラウマになっているんだろう。でも、このままでは熱が下がらず辛いままだ。 「大丈夫だ、ただの解熱剤だ」 「い、いや!いやだ!!」 首を振る譲に近づき抱えるも、体の震えは止まらない。 「大丈夫、大丈夫」 「ひっ...やだぁ...っ」 じたばたと暴れられ、がり、とどこかを引っ掻かれた。頬に暖かいものが伝う。血が出たのだろうが、今はそれより譲を落ち着けるのが先だと強く抱きしめる。 「...」 譲の震えが止まってることに気づくのに時間を要した。俺の頬から出る血を見て固まっている。 「朔...」 「ああ、気がついたか」 「それ、おれが...」 虚ろだった譲の目が、潤み、 「な、泣くな!」 人の制止も聞かず涙を流した。 「ごめ、んなさい...」 「仕方ないだろ?薬でびっくりしたんだから。起きたなら薬普通に飲めるか?」 この話をしてると今よりもっと泣かれる気がして話を逸らした。譲は目を逸らした(のち)小さく頷いた。 「いい子だ」 歩けない譲を抱えベッドに戻る。再び水を汲んできて薬を手渡すとたじろぐ。嫌そうだな、と見てて思った。

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