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第17話

膝枕って、あったかくて気持ちいい。...そんな場合じゃないけど。 「...父さん、この状態はやめよう?」 「たまに呼ばれる父さん呼び、可愛いな」 「聞いてる?父さん?とーさーん...もしもーし...」 体をくの字に折って、おれの頭に鼻を擦りつける朔。この変態、と罵ったのに無視された。 「やめなさい、目の前で」 おれと朔はソファー、祖父はソファーの前に置かれたテーブルの反対側に座っている。つまり地べただ。 「あなたが来たのが間違いなんだ......勘当したのはどっちだったか覚えていますか」 「儂だな」 「チッ...」 余程唐突に訪ねてきた祖父にイラついているようで、体は起こしたのに祖父と目を合わせようとしない。 朔が玄関を開けると、体を捩じ込み祖父が入ってきた。 朔の機嫌が悪いのは、そのインターフォンのせいでおれが起きてしまったから。せっかく魘されることなく寝てたのに、とぐちぐちと文句を言っている。寝てた時間は30分程度らしい。 「不用心だな。玄関に来る前に、カメラがあるならそれで確認すれば良いものを...」 「乗り込んできたのはどっちだとお思いで?」 「儂だな」 「.........チッ」 さっきからこればっかり。祖父がなにか言って朔が反論して、祖父が肯定して、舌打ち。 「なんの、用ですか。さっさと言って大人しく帰ってください。捕まるつもりは、ないんでしょう?」 そうだった、奈緒さんは祖父母と「おはなし」をしているんだ。おれには裏のことあまり話してくれなかったけど、世の中に出たらまずいものばかりなんだと思う。 現に朔は、捕まるって言葉を出してる。 「...ないな。だが、榊田グループは、儂の代を持って終わらせることにした」 「ああ、そうで......す、か...って、は?い、いまなんて」 「もう、終わりにすると言ったんだ」 ...こんなに呆けた朔を見るのは初めてかもしれない。開いた口が塞がらないって、こういうことか。うん、おれも驚いてるんだけど。 「とうとうボケがきて...」 「戯け、最後まで話を聞かんか」 「...」 さすがの朔も舌打ちをやめて話を聞く体制にはいった(おれを膝枕したままだけど)。 「まず......儂は最初から譲を跡取りにさせるつもりなんてなかった。沙恵が言い出したのが、始まりだ。 あるとき、おまえを監視していた秘書が―」 「待ってくれ」 さぁ本題、という時に朔がストップをかけた。 「譲...いまの聞き間違えじゃなければ、監視していた秘書が、とか聞こえたんだが」 なんでおれに振るの。 「言った。聞き間違えじゃない」 「...もういい、続けてくれ」 頭を押さえる朔が可哀想に見えた。 「監視していた秘書が、朔が大怪我をしたと伝えてきた。儂は会うつもりなど毛頭なかった............................だが、それに事件性があるとなれば話は別だ」 「事件性...ね。俺は何にも覚えてませんが」 朔の顔を盗み見しようとしたら目を覆われて視界は真っ暗になった。 これじゃ、どんな表情(かお)してるかわかんない。 「どうせなら思い出せないままでいい。嫌なものだからな」 「それじゃあ誰が俺を殴ったとかも知らないままでいいんですか」 「もう、犯人は知っている」 「だったら、なんで...会いに来ようと思ってたんですか。事件性があるなら会いに来るだなんて、意味がわからない」 冷たくなる声。落ち着いているようだけど、耳を澄ませばその声の中に困惑が含まれているのが感じ取れる。 手が外され見えた祖父は俯いていた。祖父の、テーブルの上に置かれた手が震え、握りしめられる。 「...勘当したとしても...大切な、一人息子だからだと...言ったら、どうする?」 「いまさら、なにを。俺はいまでもしっかり記憶にある。お前はわたしたちの息子じゃない、どこにでも行け、そう言ったのはあなた達だ」

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