6 / 121

第6話

   沈黙。    静かすぎて耳鳴りが痛い。    怖い、怖い、怖い、怖い。    父さんは何も言わず、ただゆっくりおれから体を離していった。    「とう、さん?」    恐る恐る顔を上げ、薄目を開ける。    途端、父さんの困った顔が目に映る。  こんな顔させたい訳じゃなかったのに。やっぱりだめだ、おれは父さんに受け入れてもらえない。    だったら。    「冗談、だから」    だったら、嘘ついてしまおう。隠してしまおう。これは「嘘でした、遊びでした」ということにしてしまえばいいんだ。    「そんな顔しなくてもいいだろ?冗談冗談」    必死に顔を歪めて笑顔を作り出して、立ち上がる。    どこかへ行きたい。泣き叫びたい。失恋したって言いたい。  それで頭が一杯になる。    「あー、びっくりしちゃった感じ?あはは、良かったー」    あえて間延びした声を出す。声の裏側を気づかれないために。  やばい、泣きそう。    ソファーと父さんから離れる。この場から逃げたくて歩き出すと、後ろから重なる足音。    「なんで、付いてくんの?」    足を止めると、父さんも止める。ついてこないで、顔を見られたくない。    「もしかして、驚かされて怒ってるとか」    「…ちがう」    平坦で低く響く父さんの声。怒ってる理由でもない、本当に冷静な声だ。  その声にも今は耳を塞ぎたくなる。    「じゃあ…おれ、なんかしたっけ?えっと、パスワードのこと?あれだって本当にたまたまで…」    「…譲、ちがう」    「もうなんだよ、さっさと」    「譲、違うだろ?」    ふわり。    優しく被さってきた暖かいそれは、父さんの腕だった。    「な」    「お前が言いたいのはそんな事じゃないだろ」    耳元でそっと言われる。    首を振りたいのに、動かない。動けない。    「本当のことを言ってみろ、譲」    「言え、ない」    「…」    「だって言ったら、壊れる」    「ああ」    今なら戻れる、親子の関係に。そんなことを細々と呟けば、さすがに聞こえた父さんはさらに強くおれを抱きしめる。    「ということは、さっきのは冗談じゃないって言うことでいいんだな」    「あっ」    しまったとばかりに振り返ろうとして腕が邪魔をする。  逆に父さんによって振り返えさせられた。    「譲」    見えた父さんの顔は、男の顔って感じで。  え、なんでそんな顔してんのって目を瞬かせる。    「譲の好きってのは、」    チュッと音のするリップ音。    すると顔が赤くなるわけで。    それは、キス、なわけで。    「え、な、はっ」    「尊敬とかそういうのじゃない、こういう好きってので間違いないな?」    いや。まって、なにしたんだ今?!    「キス」    知ってる、けど!    赤い顔を隠そうとする腕は抑えられ、ただただ、あわあわする。  なに、なんでキスされたんだ。恥ずかしい。    「譲」    「へ、なに?!」    声が上擦った。        「譲、好きだ」                  …?                「あり、がとうござ…います?」    「は?」    父さんの言葉に疑問符を浮かべて、とりあえずありがとうと述べる。帰ってきた言葉は「は?」だけど。    「今の聞いてたか?」    「聞いてた」    「好きって、言ったんだけど?」    「うん、だから、ありがとうございますって」    意味がわからなくて首を傾げる。好きって、おれの好きとは違うだろ?    って思ってた。    「んっ?!」    だから、またキスされて驚いた。    「俺も、こういう好きだって言ってるんだけど、伝わらないか?」    そうしてまた顔が赤くなる。    こういうの好きってのは、キスできる好きでいいの?大丈夫なの?いいの?    そう思って父さんを見てみる。    「…なんにも話さないってことは、まだ伝わってないのか?」    なにかのスイッチが入ったらしい父さんは、意地悪な笑みを浮かべた。おれが顔を赤らめた時点で、気づいてるだろ。    父さんが腕を下ろした隙に後ずさすってみるけど、壁にぶつかる。    「譲、好きだ」    父さんはさらにおれに詰め寄る。    「好きだ」    「や、」    「好きだよ」    「…っ」    「愛してる」    ばっと耳を塞ぐ。    やだ、やだ、やだ!恥ずかしい、やばい、なんだこれ!こんな、言葉攻めやめてほしい。心臓が持たない。    「わかった、からっ!分かったから!」    「なにがわかったんだ?」    「っ、意地悪い…」    近づかれ、塞ぐ手を取られた。    「おれだって我慢してたのに。戻れない?そんなの知ってる。それにもともと戻る気もない。こうやって告白するのが早まっただけだ」    「がまん…?早まった…?」    なに言ってるの?  顔が熱く赤くなっていく。    「そうだ。お前がゲイだって聞いた時、どれだけ喜んだ…いや、譲にとったら悩みの種だったな」    言いつつ目の前の人は再び顔を寄せてくる。    キス、されそう。    「俺がどれだけ我慢してたか、教えてやる」    「ん…」    予想通りキスをされた。しかしそれは想定外のキス。    「んんッ?!」    ディープキス。

ともだちにシェアしよう!