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第6話
沈黙。
静かすぎて耳鳴りが痛い。
怖い、怖い、怖い、怖い。
父さんは何も言わず、ただゆっくりおれから体を離していった。
「とう、さん?」
恐る恐る顔を上げ、薄目を開ける。
途端、父さんの困った顔が目に映る。
こんな顔させたい訳じゃなかったのに。やっぱりだめだ、おれは父さんに受け入れてもらえない。
だったら。
「冗談、だから」
だったら、嘘ついてしまおう。隠してしまおう。これは「嘘でした、遊びでした」ということにしてしまえばいいんだ。
「そんな顔しなくてもいいだろ?冗談冗談」
必死に顔を歪めて笑顔を作り出して、立ち上がる。
どこかへ行きたい。泣き叫びたい。失恋したって言いたい。
それで頭が一杯になる。
「あー、びっくりしちゃった感じ?あはは、良かったー」
あえて間延びした声を出す。声の裏側を気づかれないために。
やばい、泣きそう。
ソファーと父さんから離れる。この場から逃げたくて歩き出すと、後ろから重なる足音。
「なんで、付いてくんの?」
足を止めると、父さんも止める。ついてこないで、顔を見られたくない。
「もしかして、驚かされて怒ってるとか」
「…ちがう」
平坦で低く響く父さんの声。怒ってる理由でもない、本当に冷静な声だ。
その声にも今は耳を塞ぎたくなる。
「じゃあ…おれ、なんかしたっけ?えっと、パスワードのこと?あれだって本当にたまたまで…」
「…譲、ちがう」
「もうなんだよ、さっさと」
「譲、違うだろ?」
ふわり。
優しく被さってきた暖かいそれは、父さんの腕だった。
「な」
「お前が言いたいのはそんな事じゃないだろ」
耳元でそっと言われる。
首を振りたいのに、動かない。動けない。
「本当のことを言ってみろ、譲」
「言え、ない」
「…」
「だって言ったら、壊れる」
「ああ」
今なら戻れる、親子の関係に。そんなことを細々と呟けば、さすがに聞こえた父さんはさらに強くおれを抱きしめる。
「ということは、さっきのは冗談じゃないって言うことでいいんだな」
「あっ」
しまったとばかりに振り返ろうとして腕が邪魔をする。
逆に父さんによって振り返えさせられた。
「譲」
見えた父さんの顔は、男の顔って感じで。
え、なんでそんな顔してんのって目を瞬かせる。
「譲の好きってのは、」
チュッと音のするリップ音。
すると顔が赤くなるわけで。
それは、キス、なわけで。
「え、な、はっ」
「尊敬とかそういうのじゃない、こういう好きってので間違いないな?」
いや。まって、なにしたんだ今?!
「キス」
知ってる、けど!
赤い顔を隠そうとする腕は抑えられ、ただただ、あわあわする。
なに、なんでキスされたんだ。恥ずかしい。
「譲」
「へ、なに?!」
声が上擦った。
「譲、好きだ」
…?
「あり、がとうござ…います?」
「は?」
父さんの言葉に疑問符を浮かべて、とりあえずありがとうと述べる。帰ってきた言葉は「は?」だけど。
「今の聞いてたか?」
「聞いてた」
「好きって、言ったんだけど?」
「うん、だから、ありがとうございますって」
意味がわからなくて首を傾げる。好きって、おれの好きとは違うだろ?
って思ってた。
「んっ?!」
だから、またキスされて驚いた。
「俺も、こういう好きだって言ってるんだけど、伝わらないか?」
そうしてまた顔が赤くなる。
こういうの好きってのは、キスできる好きでいいの?大丈夫なの?いいの?
そう思って父さんを見てみる。
「…なんにも話さないってことは、まだ伝わってないのか?」
なにかのスイッチが入ったらしい父さんは、意地悪な笑みを浮かべた。おれが顔を赤らめた時点で、気づいてるだろ。
父さんが腕を下ろした隙に後ずさすってみるけど、壁にぶつかる。
「譲、好きだ」
父さんはさらにおれに詰め寄る。
「好きだ」
「や、」
「好きだよ」
「…っ」
「愛してる」
ばっと耳を塞ぐ。
やだ、やだ、やだ!恥ずかしい、やばい、なんだこれ!こんな、言葉攻めやめてほしい。心臓が持たない。
「わかった、からっ!分かったから!」
「なにがわかったんだ?」
「っ、意地悪い…」
近づかれ、塞ぐ手を取られた。
「おれだって我慢してたのに。戻れない?そんなの知ってる。それにもともと戻る気もない。こうやって告白するのが早まっただけだ」
「がまん…?早まった…?」
なに言ってるの?
顔が熱く赤くなっていく。
「そうだ。お前がゲイだって聞いた時、どれだけ喜んだ…いや、譲にとったら悩みの種だったな」
言いつつ目の前の人は再び顔を寄せてくる。
キス、されそう。
「俺がどれだけ我慢してたか、教えてやる」
「ん…」
予想通りキスをされた。しかしそれは想定外のキス。
「んんッ?!」
ディープキス。
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