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第4話

   目を瞑った。―離れないで。そんな思いを馳せながら。でも願いは叶うはずもなく、朔は俺から離れた。    「百合子さん」    その名前は確か、メールに書かれていた。  ああ、やっぱりそういう仲なの?閉じていた目をこじ開けて、朔に向ける。余程不安そうな目をしていたのか、朔は俺の頭をトントンと優しく叩いてくれた。違うって、言いたいのかな。    「その子が朔くんの息子さん?」    「…そうです」    珍しく朔が敬語だ。自分より目上の人だから敬語なのか、それともちゃんとした付き合いだから敬語なのか。どっちにしてもおれは邪魔者だ。  片言(カタコト)ながらもはじめましてと言う。気付かぬうちに睨んでしまっていないか心配になってきた。馬鹿だな、朔はおれのじゃないと分かってるはずなのに。    「はじめまして。ゆずくん、じゃなくて譲くんだよね?朔くんとは大違いで、ちゃんと挨拶のできるいい子だわ」    「はぁ、百合子さん」    「なによ、それくらいいじらせなさい」    軽口を叩くふたりは、どう見ても仲良さげだ。こういうのを…お似合いっていうのかな。長身の朔は顔が良くて、モテる。この、百合子さんって人も綺麗だ。この場に居たくなくなって、朔の顔も見ずに声をかけた。    「父さん、帰るね」    「……なんでお前が帰る必要があるんだ、帰るなら俺も帰るから」    低く凄みのある声がした。何度聞いても怖いこの声。  ぐいっと腕を引っ張られ、朔の胸に飛び込む形になる。なんだこの体制。百合子さん…も驚いてる。それに俺もなんで喜んでんだ。    「朔くん、帰るの?…ねえ、お昼ご飯一緒に食べない?譲くんも疲れてるみたいだし。その辺のファミレスでいいから」    どうやら驚いていたのは朔が帰ってしまうことらしい。おれ、疲れてるように見えるのかな。    …まるで媚びるような声音が嫌だ。元々女の人がそんなに得意じゃないから余計に、言っては悪いけど気分が悪くなる。    「百合子さん、今日は…」    「少しだけでいいの。わたし、朔くんのことほんとに好きだから…お願い」    百合子さんは俺を押しのけて、朔の腕にすがりついた。つん、と鼻にくる香水の匂い。朔にそんな匂いが付いてしまうのではないかと心配になる。でも男ウケのいいだろうこの匂いで、この(ひと)が本当に朔が好きなんだと実感することになる。    「譲くん、疲れてるんだっけ?先に帰っても大丈夫だよ?」    百合子さんは、本気で俺を心配しているような雰囲気を出して言うから、思わず頷いてしまった。疲れたよ、うん。  道の真ん中でなに痴話喧嘩みたいなことしてんだ、と思いそくささとその場から立ち退く。どうせ、家に帰ったら話をするんだ。朔は今取り込んでるし、別に一緒に帰らなくてもいい。…帰ってこないかも、しれないけど。    「譲!」    「いいじゃん、朔くん。疲れてるって言ってるよ」  「ちょっ、百合子さん!」  ふたりの会話を聞くと、身体のあちこちが痛くなってくる。特に心臓あたり。きっと百合子さんは、朔の腕にくっついて胸を押し付けているに違いない。見たくない、聞きたくないとばかりに早足で歩き出した。俯いて歩いていたせいか普通に歩いていた通行人にぶつかってしまう。    そしたら足元がぐらついて、驚いた。不思議に思ったら靴紐が解けててそれを踏んでいたらしい。今日はとことんツイてないな。    ただ、今日は単にツイてないだけじゃなかったらしい。ふらっとした拍子に縁石に足が引っかかって、そのまま転んで車道に出てしまったんだ。      -くるまが、きて        最後に聞こえたのは朔の悲痛な叫びだった。

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