19 / 121

第6話

 去っていく朔の姿。その隣には、女の人の姿がある。    -待って    声を掛けてるはずなのに、朔は聞こえていないかのように歩いていってしまう。いやだ、帰ってきて。  やっと気づいたのか、朔は女の人と振り返る。-譲、父さん再婚することにしたんだ。そんなことを、朔は言う。こんなの、見ていたくない。    やめて―――っ            声を出したつもりだったのに、喉がカラカラに掠れて、声が出なかった。目をかろうじて開けると、真っ白な天井と白いカーテンが目に入る。ここは、どこ。  誰かいる?そんなことを声に出そうとしてみるけど、掠れた声では何も出来ない。逆に、()せ返る。    「ぐっ、げほ…」    まるで酷い風邪をひいたように、体がだるい。視線だけを動かして行くと、病室ということが分かった。腕には注射針。もう少し視線をあげると、透明なチューブと液体。点滴、病室。考えられることといえば、ここは病院だということ。あの後すぐに病院に運ばれたんだろう。  急にさっきまでのことがフラッシュバックした。そうだ、俺前見てなくて人とぶつかって、靴紐踏んで、躓いて、車道へ-。    急に、呼吸が。    「ぅあ」    車に跳ねられた瞬間の記憶が、のそり…と生き物のように身体の中を這いずり回る。怖い、という感情が身体を蝕んでいく。目の前の白い天井が黒くなっていった。    「ひっ、ぁ」    息苦しい。呼吸ができない。針が付いている腕を、点滴ごと動かしながらがしゃ、がたん、と大きな音を立てて胸元に引っ張り上げる。  胸のあたりをつかむも、依然として喉は潰れていて変な声が出ていた。    「譲!」    また大きな声がした。    「っ、っこ、こわ…ぃっ」    「譲、大丈夫、大丈夫だ」    その声の主は優しくおれを抱き上げ、背中をさする。暖かな手に、段々と呼吸が元に戻っていくのを感じた。    「譲、ゆずる」    「は、ぁ…」    なんとか呼吸を正しいものに戻せた俺は、声の主を見る。…朔だ。夢で見た光景がぶり返し、脳内に叩きつけられる。どっちが本当?朔は結婚したの?    「譲、大丈夫か?どこか痛いところはないか?」    首を横に振と、朔は長い長いため息をついて俺にもたれ掛かる。重いけど、その重さが凄く心地よい。俺の肩を掴んで、少し震える朔。心配をかけてしまったことに反省する。    「譲、もう大丈夫だからな」    優しく髪を撫でてくれる手に安心しつつ、又、怖くなる。夢と現実がぐちゃぐちゃになってる。加えて事故の記憶がフラッシュバックした。     「ごめ…、な…い」    ごめんなさいって言おうとしたのに途切れ途切れになってしまう。どうしてこんな声が出ないんだ?    「どうして謝るんだ」    「しん…ぱ、かけ、た」    「…あたりまえだ。心配したに決まってる。車道に押し出されて、俺がどれだけ青ざめたか…。まる二日寝ていたんだぞ?それもずっと危篤状態。今日やっとその状態から脱したんだ、心配して何が悪い?大事な息子なんだからあたりまえだ」    当然、とふんぞり返る朔。そう、なんだけど…。まる二日も寝ていたのか、だったら声が出づらくて当たり前だ。    「ああ、間違えた」    手を叩き、思い出したかのように言う。なにを、どこを間違えたというのだろう。不思議で首を傾げる。    「恋人のことを、大事に思うのは、ダメか?」    「こ、い…!」    そんなこと、と突っ込みを入れるとそんなことじゃないと返された。朔は何か神妙な顔をしている。    「ごめんな、譲。ちゃんと話をすれば良かったんだろうけど…タイミング掴めなくて」    本題だ。何か言われるのかと思うと、憂鬱で視線をさげる。横になっていなさい、という朔の言葉で今俺は怪我人なんだと思い出す。    「あの人、課長の娘さんなんだ。会ってみろと言われて、仕方なく会ったんだけど…好みも合わないし、雰囲気もあんまりだった。譲の方が可愛い」    普通に惚気(のろ)けて来るから、恥ずかしさで布団を目下まで被る。課長の娘さん。会ったのはやっぱり大人の事情というものなのか。    「でもあっちは俺を気に入ったらしく、会社に押しかけて来るようになったんだ。あまりにもしつこいから、再度会うことになったんだ。もちろん、断るために」    だけど会えば会うほどあっちの欲求は大きくなったらしく、とうとう結婚してくれと迫られたらしい。浮気を白状する恋人のごとく、朔は話をする事に項垂れていった。  

ともだちにシェアしよう!