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父さん、話して1

 喋らないで編の後日談です。    ***  美容師・メイクアップアーティストなんて肩書きだけだ。確かにモデルや俳優,女優にメイクしたり髪のセットをしたりもするが、大体は事務や雑用ばかり。特に、自分が下っ端なとこもあり大物俳優達に会えるとは限らない。    そんななかでもちゃんとした上下関係はあり、例えば自分が年齢的には上でも後から入ればそれは後輩になる。かなり厳しい業界だと個人的に思う。    だから、課長の娘を紹介されても…なかなか反論できないのである。それがどんなに嫌な人でも。    「課長、お話があります」    「おお、官乃木くん。わたしも君に話があってね」    あの(ひと)がどう伝えたのかは知らないが、話は通っているらしい。変な方向に向かないことを祈るばかりだ。    課長と共に休憩室に入ると運のいいことに誰もいなかった。当たり前だが美容師,メイクアップアーティストにもちゃんとした会社がある。    「百合子から話は聞いてるよ、心に決めた人がいるそうだね?」    どうやら話は捻じ曲げられていないようで安心する。それも束の間、課長の発言により頭を抱えることになる。    「だが、百合子と体の関係を続けているそうだが本当かね?」    「…は」    何を言われたのか理解出来なかった。体の関係?あの(ひと)と?いつ俺がそんなことをしたって言うんだ。    「百合子が昨日君の家から帰った途端泣きだしたんだよ。愛してるって言ってくれて、体も差し出したのに好きな人がいるから諦めてくれと言われたと」    「…断じて違います」    体の関係なんてない、愛してるとも言っていない。それもこれも今は譲の為だけにしているものだ。    「百合子が、嘘を付いた…と?」    前回親切な課長、と言ったが前言撤回。娘のことになると親バカ、いやバカ親になる課長だ。    「私は体の関係も愛していると言った覚えもありませんので、何かの間違いかと。百合子にもそのつもりはないと何度かお伝えしている筈ですが」    「そうか、断っていたのか…。百合子にもう一度聞いてみる事にしよう。君も百合子と話し合ってみてくれ」    休憩室を退出した課長の後ろ姿に、話すと面倒だからこうやってあんたと話してたんだろ、と毒づく。ため息を付くと頭が痛くなった。    「どうしろって言うんだよ」    独り言にすら疲れを感じる。早く帰って、譲に会いたい。  ふと今日は学校を休ませたんだったと思い出す。あまりに身体が動かないから休むと睨まれた。…電話して話してくれるかどうか。  三日前に、友達に関係がバレたと怒ってそれ以来口を聞いてもらっていない。…まぁ、昨日は風呂上がりの色気に煽られてヤってしまい、今朝起きた時余計に怒らせてしまった。    携帯を取り出して思い切って掛けてみる。5コール目でやっと繋がった。だけど、何も言ってこない。無言電話。    「譲?」 名前を呼んで見るも、少しの間は何も返ってこなかった。ようやく返ってきた返事は、………どちら様でしょうか?だった。これは、ど怒りだな。電話をしてここまで怒っていたことは今までない。    「えっと、官乃木 朔という者ですが、官乃木さんの息子さんの携帯でよろしいでしょうか」    「…違います」    「あ、そうですか、それは大変申し訳ありません」    乗ってやると、電話越しに笑う声が聞こえる。どうやら機嫌は直っているみたいだ。    「では、どちらさまでしょうか?」    「官乃木 朔の超激おこの恋人さまですよ」    激おこの恋人さま、に笑ってしまうと腰痛い!と譲が愚痴る。    「悪かった、ちょっとやりすぎたな」    「ちょっとだけなの?」    「かなりやりすぎました」    よろしい!と喋る譲の声が弾んでいる。譲の機嫌がいいのはこっちも嬉しい。今すぐ家に帰って頭を撫で回したい衝動に駆られ、自重しろと自分に言い聞かせた。  

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