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第5話

 聞く必要もない。この二人は朔の両親、つまりおれの祖父母に当たる人たちだ。     立ったまま男の人の方がじろりとこちらを()めつけるように見た。正直、怖いと思ってしまった。朔の目はあんなに優しいのにこの人の目は─冷徹、まさにその言葉が似合うほどに冷たい。  立って挨拶した方がいいかもしれないと思い、ベッドを降りて頭を下げた。    「初めまして…官乃木 譲です」    「…礼儀作法くらいは、弁えてるようだな」    震え声に返ってきたのは見下したような口調。苛立ったりはしなかった。ただただ怖い。威圧感と圧迫感に押しつぶされそう。    「まぁ、いいじゃないの。頭を上げなさい譲」    言われて顔を上げた。女の人の方はとても優しそうな顔をしてる。どうして名前を知っているのかは敢えて考えないようにした。    「良いからベッドにお戻りなさいな。あなたも万全の体制じゃないのよ」    「は、はい」    男の人と全く違う言動に戸惑いつつ、ベッドに座る。威厳のある父、優しく暖かい母。昔ながらの夫婦って感じがした。    「朔は、私たちのこと何も話してないようね」    「…仲が悪かった、とだけ」    「仲が悪いのではい。あれが一方的に儂らを嫌っていたのだ」    祖父の言葉に肩を震わす。    「あなた、その言い方はないんじゃない?…とにかく、譲。私たちはあなたのお父さんの親。あなたにとっておじいちゃんとおばあちゃんになるの」    やっぱり、と思った。祖父の方は分からないけど、この柔らかな雰囲気は朔によく似ている。    「勝手だけど、お父さんの治療費や入院費は払わせて貰ったわ」    勝手だなんて、そんな…とても助かっています。と素直に口に出すと目をまん丸にされた。その顔もそっくりだ。    「本当に朔の子…?あの子からこんな素直な子が産まれてくるの…?」    正確には、産んだのは母ですけど…とは言えなかった。    「今日は、お前に用があって来た」    祖父がさっきと同じように怖い顔をして話しかけてきた。威圧感が、さらに強まる。    「おまえは(うち)に来てもらう。榊田(さかきだ)だ、一度は聞いたことがあるだろう」    「さかきだ…」    その言説を繰り返した。聞いたこと、ある。あの大手企業、運搬・流通の榊田ならある。もしかしなくても、そうなのだろう。でも朔の苗字は官乃木。榊田じゃない。    ─ああ、官乃木は、母さんの苗字だ。いつだったか、朔が話していた記憶がある。  『うちの両親の籍に、譲の母さんはさすがに()れられなかったなぁ…。なにしろ、あの人達が反対してたんだし。俺もあっちの名前は捨てたかったんだ』    「さ、榊田」    「そう、榊田だ」    オウム返しの如く言われた言葉を反芻(はんすう)した。馬鹿みたいに見えたのだろうか、祖父が鼻を鳴らす。    「どうせ朔は使えんからな。誰がここまで育てたと思っているんだか。…譲、お前は儂らが引き取る」    「ひきと…る」    待って、待って。何を言っているんだ。朔はもう使い物にならない?死んでもいないのに。いや、まだ生きているのに。    「あれはもう、榊田とは無関係だ。だが譲、朔がいなくなれば引き取り手など、おらぬだろう」    「あ、…え、引き取り手」    まるで、既に朔が死んだみたいに話が進んでいく。思考が追いついてこない。朔が、死んだらどうなる?おれはよく知りもしない祖父母の家に引き取られて、それから?    「大丈夫よ譲」    祖母が近づいてきておれの上腕に爪を立て握り締めてきた。その顔は祖父より怖い、まさに狂気じみた顔をしてた。    「あなたは大事な大事な跡取りだもの。心配なんてしなくていいのよ」    その顔がいっそう近づいておれの顔の横、耳に残る声で囁いた。    「こんなに震えて、可哀想に…。安心して、私たちの大事な───」    

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