48 / 121
第15話
和服の女の人によって通された和室からは、鹿威 しと池─ありきたりな日本庭園が見えた。
学校で習ったままに鹿威しの音が響いてる。カコーン…って。
庭に目を向けている理由は簡単。右隣の人とテーブルを挟んだ二人が長時間何も言わず睨み合っているからだ。三人仲良くお口チャックの現状は、かれこれ十分程続いている。
正座が辛い、いい加減にして欲してくれ、話し合え。─おれの願いは届かず未だに膠着状態は続く。
帰りたいと何の気無しに呟いた。
「譲は帰っていいぞ。父さんが話し合っておくから」
返事は期待してなかったのに朔が柔らかい笑顔を向けながら返事をした。
「譲は今日から家で過ごさせる。お前が帰ればよい」
加えて朔の返事に答えなければ良いと思っていた祖父が答える。
「…消えなさい」
尚一層、朔の返事を無視して欲しかった祖母が低い声を出した。
「うるさいですね、譲は関係ないでしょう?帰らせます」
「お前こそ、呼んでもいないのになぜ来たんだ!譲にはもうこちらの家に来れるよう手配する筈だったのだ!」
「叫ばなくてもいいでしょう」
「あなたがいると邪魔なのよ!」
「あなたこそ自分のそのヒステリックさを弁えてくださいませんか?」
「なんですって?!」
おれの何の気無しに呟やいた言葉によって、それまで静かだった部屋が怒張の親子喧嘩を引き起こしてしまった。
「もう一度言ってみなさい朔!」
「うるさいな!母さんはいつもいつもそうやってっ」
「あんたを産んだ覚えなんて無いわ!」
「ああそうですか、それで結構だ!」
さらりと「母さん」って呼んじゃうところで、似てないけどやっぱり母親なんだって今更実感した。
待て、実感している場合じゃない。見ているうちに親子喧嘩はヒートアップしていっている。
「お、おれ…帰りたいんですけど」
場を収めようとした言葉に三人が瞬時に反応した。
「じゃあ父さんと帰ろうな、譲」
「ダメに決まってるでしょう!」
「何を言うかと思えばそんなこと…許す訳なかろう!」
「ひぇ…っ」
祖父母に怒鳴られ肩をくすませた。もうかなりの年の筈だが、二人の気迫には負けてしまう。
すると暫くの間静かになった。
「譲…取引の件はどうなっている」
少しして祖父にいきなり問われた。悲鳴をあげそうになる。今言うなよ、なんで今なんだよ。
「取引?」
その言葉に反応する朔。やめて、頼むから。続いて、自分でも血の気が引いていくのが分かった。まずい。
「話してないのか」
「い、言わないでくだ─んむ?!」
がっと左首の後ろから手が伸ばされ口を塞がれた。状況が掴めず目を白黒させた。そこから、この手が朔の手だと気づくのに約三秒。
「譲、帰ってお父さんとちゃーんと話そうなぁ?」
「んぐぅ?!むむっ!んんんんーっ(なんで?!やだっ!離してーっ)」
ジタバタと暴れるが抵抗虚しく無理やり立たされる。口を抑えられたままだから動くに動けない。ってか怖いってば!
「…今日のところは許そう」
「何言ってるのあなた!」
ずるずると部屋から引き摺られ、後ろ手に声を聞く。最後にぎりぎり聞こえた言葉は、「どうせすぐ家に来ることになる」。そんな底冷えしそうなものだった。
ともだちにシェアしよう!