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慈しい人
side朔
なんなんだ、このモヤモヤは。胸中に溜めた鬱憤を払うことが出来ず、音を立ててリビングの椅子に座った。
目が覚めたら病院にいたのが、数日前。傍にいてくれた譲が大人びていたのが不思議で、自分たちが恋人同士だったと聞いて度肝を抜かれた。医者が来て自分が怪我を負わされ、階段から落とされたと言われさらに驚くことになる。加えて、記憶が何年か前に巻き戻っているとも説明された。─記憶喪失、そう告げられた。
譲が大人びて見えたのはそのせいである。俺の中では中学一年生だが本当は高校二年生で、四年もの歳月が経っているからだ。
その、高校二年生である譲と恋人同士だということに何故か違和感を抱けず、疑問に思い聞いてみたらはぐらかされた。途端むっとした。どうしてはぐらかす必要があるんだ、と。そこで自分が嫌悪感を持っていないことに気づいた。まるで、譲と付き合っているのが普通みたいな…。
その後数日間見舞いに来てくれた譲を質問攻めにし、なんとか今の状態についていけるようになった。
が、問題が発生してしまった。事故により、あの人たちに連絡がいってしまい譲と接触してしまったのである。跡取りになれとでも言われただろ?とカマをかけてみれば見事に的中。ろくなことしかしない俺の両親は、既に狙いを譲に定めていたらしい。
そうして今日、家に出向いた訳だが…。譲の隠し事について問い詰めると泣き出してしまいそれ以上聞くことは望めなかった。
「はぁ…」
仮の話、俺が譲と付き合っていたとして、だ。好きならば好きな人に思い出して欲しいがために色んな話をするのが普通じゃないか?隠そうとするわけが、イマイチピンとこない。譲に言ってないが、とっくに証拠は出揃っている。
携帯のメールフォルダを開けば、そこにはパスワード付きの「Yuzuru」と英語表記にされたボックスがある。これに気づいたのは、榊田からタクシーを呼んだ時。譲が話しかけてきたからまだ内容は見れていないが、中身は何となく予想できる。
「…パスワード、か」
なんていうことは無い、ここはきっと譲の亡き母結花子の─と思ったが、わざわざ英語表記しパスワードまでかけるくらいだ、譲の誕生日に違いない。俺の誕生日でもある日付を打ち込むと、見事に開いた。
ずらりと並んだフォルダには、やはりと言うべきか、譲からのメールが全部鍵付きで保存されていた。
「なんだ、これ」
そこには、俺から譲へ向けたメールも保存されていた。小っ恥ずかしい言葉の羅列に目を疑う。
─好きだ
─愛している
─早く抱きしめたい
─抱きたい
─顔が見たい
本当に自分、なのか?と疑いたくなる。この恥ずかしいメールに対する返事は。
─おれも好き
─おれの方が愛してるし!
─抱きしめたいのは…こっちもだし
─恥ずい事言うな!
─…早く帰ってきて
本物の恋人同士の会話、いや実際恋人なんだ。目の前の光景を未だ信じられないが、疑う余地などない。
これを見せてしまえば、譲は認めて洗いざらい話してくれるだろうか。
答えは─NOだ。今の譲を見ればわかる、きっと下手な言い訳を考えてはまた否定するだろう。遊びだったとか何とかって。それに見せてしまえば、何故か譲が逃げて言ってしまう気がしている。それが予想なのか、経験的なものなのかは判断しかねる。ただそんな気がするだけ、かもしれない。
泣かせてしまったことを今になって後悔する。何か言いたくない理由があるはずなのに、無理やり吐かせようとしてしまった。今更謝っても遅いかと思いつつ重い腰を上げ譲の部屋に向かった。
こんこん、と戸をノックしたが返事はない。…寝ているのか。不躾だと感じながらも部屋に入ると、予想通りベッドに膨らみが出来ていた。近寄ると寝息が聞こえてくる。頭まで被った布団を少しずらせば、夢の中で泣いていたらしく涙の線が入っていた。
「…朔」
小さく呼ばれた名前に、答えることは無理だった。ごめん、譲。現在 の俺にとって譲は「愛おしい人」じゃなくて「慈しむ人」なんだ。
慈しむ、はかわいがり大切にすること。俺は譲を息子としか見れない。
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