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第5話
「おれ、雪姫の家に泊まらせてもらうって言った」
「許可した覚えはない」
つい、と視線を逸らし会話をする気はないという意思表明をする。なのに父さんは話を続けた。
「家出した理由は」
百合子さんとの浮気騒動のせい…。そんな家出の理由なんて言えるはずもなく、父さんとは関係ないとだけ小さく、でもハッキリと答えた。雪姫は父さんが浮気の話を聞いて思い出せるように誘導してくれたみたいだけど、要らぬ配慮だ。おれは隠し通す気でいるから。
父さんのイライラがこっちに伝わってきてこの場から逃げたくなる。
「父さんと関係ないんだったら、余計に話せるだろう」
その言葉で墓穴を掘ったことに気づいた。父さんと関係ないんだったら、気まずくもなく話せるはずだと言いたいのだろう。それに父さんと関係ないなんて、無理な嘘だった。家出するくらいなのだから、家族関係が悪いということになる。
「また、話せないのか」
「また、って…」
「病院でのこと、「取引」のこと、今話してる家出のこと。どれもこれも話す気はないらしいな」
食ってかかろうとして、やめた。その通りだからだ。自分の中でどうにかして解決しようとしてるのは事実で、それを盾にされると口を噤むしかない。
押し黙ったおれを見て父さんが携帯を取り出し手渡してきた。画面にはメールフォルダが映し出されている。そのなんてことないはずの内容が、問題だった。
「こ、れ…」
震える手で一つ開く。おれが送ったメールだ。
─…早く帰ってきて
これは父さんが仕事のとき、それも百合子さんとの騒動があったときに送ったものだ。
「次のメールを見なさい」
嫌だと思っているのに手は操られるまま動く。
─今度は家出するなよ?俺も浮気しないようにする。まぁ浮気じゃないけどな。
次は父さんから送られてきたメールだった。呼吸が乱れる。フォルダに戻れば、記憶があったときに保存したのか何通ものメールある。
知られてた、おれが嘘をついていた意味なんて微塵もなかった。
「まだ言い訳する気はあるか?」
一歩踏み込まれ、はっとして携帯を押し付けて消え入りそうな声で懇願した。
「消して…お願い、消して」
「おい、譲!」
雪姫が肩を引く。それによって押さえつけられていた携帯が地面に叩きつけられた。いっその事壊してしまえば、無かったことに出来るだろうか。足を動かすと強く肩を引かれよろめく。
「そこまで隠すことねぇじゃん!」
「で、も」
自分でもどうしてここまで隠そうとするのか分からない。なにか言おうとしていたら冷たい声が降ってきた。
「もういい」
父さんの声に暖かさは一切感じられずただただ底冷えしていた。こんな冷たい声初めて聞いた。
「そこまで隠したいなら隠していなさい。好きにすればいい」
回れ右をした父さんを見て、瞬時に嫌われたんだと思った。
父さんの為とか言い訳して結局傷つけただけだったとようやく気づく。父さんにとっておれは息子、その大事な一人息子に事情を話して貰えないなんて父親失格と思ったのか。父親なのに信頼されてないんだと、違うのに思ってしまってどれほど父さんは傷ついたのだろう。
去っていく後ろ姿を見て、足元が揺らぐのを感じる。
「…ごめん、オレ要らないこと言ったな」
済まなさそうな声がして首を横に振りながら向き直ったら雪姫が慌ててた。
おれの涙腺が崩壊してたから。
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