63 / 121

第12話

 このまま祖父母の家に…とも思ったけど、下着とか、服とか全く持ってないことに気づいて絶望。それに荷物取ってこいとも言われてた。父さん、家にいないといいけど。  居ても、居なくても、話はしなければいけないが顔を合わせるより電話の方が何千倍と楽だ。自分自身、顔によく出てしまうのはなんとなく知っている。    雪姫の家から、自分の家までは徒歩十分弱。既に家の屋根は見えてきていた。    ここまで来たがやっぱり直行すれば良かったとか考え…でも帰ってきても無視されるのがオチではないかとも考えた。どっちにしろ、家に入らないと始まらないと重い足を引きずるように歩いた。    裏口から入ろうとしたのは、なんとなくだ。人生初、泥棒の気分を味わうことになった。  ノブを右に回しゆっくりと押していく。途中ぎぃぃぃ…と嫌な音を立てては止め、また押しては止めを数度繰り返し、やっと裏口は人一人分が入れる大きさに開いた。  閉める時も、その工程を再度行う。    部屋に行く前に、息を潜めて玄関の靴を見る。  父さんの靴は無くて、家に居ないんだと分かると一気に肩の力が抜けた。なんだ、いないんだ…、だったらシャワーを浴びたい。    昨日酒を飲んで…酒を飲まされて(・・・・・)寝てしまい、風呂に入らなかったせいか自分が酒臭く感じていた。  自室から下着と服、ついでに念のためと買っておいた旅行用鞄にそれらを詰め込んだ。    服を脱ぎ、浴室に入ってシャワーのバルブを捻る。体に湯が刺激を与え、気持ちがいい。少しの間でも色々な考えが消えていくのが心地よくて目を閉じてしまう。    だから脱衣場に人がいることにもシャワーの音で名前を呼ばれたことにも気づけなかった。     やっと意識がはっきりした時に、すりガラスタイプのドアに人影があることに驚いてシャワーヘッドを取り落とした。    「やっぱり、譲か?」    いつ、帰ってきたんだろう。なんで、気づかなかったんだろう。後悔は生まれ続けるがもうどうしようもない。    「昨日は…悪かった。父さんも、言いすぎたところがあった」    流しっぱなしの湯を止める。    「……あれが正論だし。隠してるおれが悪いんだから、謝らなくても」    「メールまで見せる気は無かったんだ。あれを見せたら、譲が何故か遠くに行ってしまう気がして見つけた後も何も言わなかったんだ。昨日はその…勢いで…」    つまりメールは少し前に見つけられていたということだ。本当に意味なかったんだと思うと、逆に隠していたことに罪悪感を覚えた。    「遠くに?」    「ああ、父さんの手の届かないところだ。…開けていいか」    何でそうなるんだと大声を出しそうになった。    「開けるな。それと、今日も泊まりだから」    「また小野山くんの家か?」    「………さ、榊田」    「は?!」    バカ正直に言ったら父さんは驚きの声を上げ、次に非難してきた。    「また会ったのか?!いつどこで!それに榊田に行くってどういう事だ?!」    早口で捲し立てられ、どの質問から答えれば良いのか逡巡する。  また会ったのか─ついさっき会いました。いつどこで─今日車の中で。榊田に行く理由─……。全体的に言えないものばかりだ。  無言でいると父さんがおれの名前を呼んで叱責した。    いっそ、ここを開けなければいけるんじゃないかななんて呑気な事を思っていた。    ─ドアに鍵をかけるのを忘れて。

ともだちにシェアしよう!