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第13話

 「この荷物は榊田に行くためか」    「そうだよ。ってか退いて欲しいんだけど…父さんにそこにいられると着替えられない」    未だにすりガラスの向こう側に居座っている父さんに、退いて欲しいと言う。裸を見られるのは、やっぱり意識してしまうから。    「普通に風呂から出ればいいだろ。それに、付き合ってたんだから裸くらい…」    付き合ってきたって認めてないのに、平然と言ってのける態度に眉を寄せた。あんなメール見られたんだから今更だけど。父さんからすれば、気にもとめない事なんだろう。    「付き合ってから、余計意識…す、る」    喋ってて恥ずかしくなってくる。父さんは何も思ってないのに、おれだけが一方的に意識しているという事実があるからだ。お陰で語尾が尻すぼになった。  意識するのかと問われ、父さんなんかにする訳ないだろと反論したらどういう意味だと何故か腹が立ったらしくドアに手がかかった。    ─、開いた。おれもだが、父さんも鍵がかかってると思っていたのか二人揃ってえっと声を上げた。    「閉めて!」    「なんで鍵かけてないんだ」    「忘れてた…閉めろってば!」    更に開こうとするから必死に押さえつけると父さんの動きが怯み、痛っという声が聞こえた。手を挟んでしまったのだろうか。    「ご、ごめん」    「っ…頭が、痛い…!なん、…だ…」    引き攣った声に、自ら風呂から出て駆け寄る。父さんは蹲って頭を抱えていた。  頭痛…?ふと、あることが頭に過ぎる。記憶は想いが強い場所に行くと戻ることもあるということ。 もしかしたら記憶が戻りかけてるのかもしれない。どうして今?風呂場で思い出される事って?と焦っていたら。        ぼん、と顔が赤くなった。風呂でイタしたことは、数少ない。多分思い出すのは難しいだろう。  それから推測できること、思い出しそうになっているのは父さんがおれに恋心を抱いたと言っていたあの時。強引に風呂に連れ込まれて手淫のやり方を教えこまれた。    「あ、ちょ…お、思い出さない、でっ」    思い出してくれる喜びより羞恥心が勝り要らぬことを口走り、父さんに睨みつけられた。    「……忘れてた、方が…良かったのか」    「え、いや…そういう訳じゃなくて…その」    「…父さんに記憶は要らな、かったと…?そう言いたい、わけだな」    先程まで痛みで呻いてたはずが、所々詰まっているが饒舌になってきている。その急な変化についていけず何度か吃る。    「あと少しで、思い出せそうだ…。確か、譲を無理矢理風呂に連れ込んで…」    立たされ風呂に引っ張られる。まさか─    「風呂のふちに座らせて」    肩を押さえつけられる。これはもしかしなくても─    「…触った、よな」    そのシーンだけ、綺麗に思い出されてしまったらしい。耳まで赤くして父さんの目を覆った。恥ずかしい、恥ずか死ぬ!    「…譲」    「あああ、あの…他は?」    逃げ出したい気持ちをとにかく静める。父さんは少し考えた後、すまなさそうに思い出せないと言った。    「でも、譲が好きだったということだけ思い出した。付き合ってたかまでは…すまない、分からない」    それだけ思い出せただけでも、嬉しいと感じ、その反面それが後にフラッシュバックの原因にならないかと不安になった。        そしておれも思い出した、自分が裸で父さんの目の前にいることを。

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