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第15話
side 朔
いつまでも隠そうとするその意地に何かがぶつりと切れる音がした。気づけば「好きにしろ」なんて言ってしまっていた。その時の譲の泣きそうな顔に胸が傷んだが、無視して帰って来てしまった。
当たり前に後悔した。メールを見せれば遠くに行ってしまう気がしてならないから、見せないでおこうと思った矢先、これだ。予想はしっかり的中して、譲は友達の家に行ったままその日は帰ってこなかった。譲が遠くなるんじゃない、そう、心が遠くなるような…。
後悔先に立たずとは、まさにこれだと頭を抱えながら思う。
丸一日、譲が近くにいないというだけで眠れなくなり体はしっかり覚えているものだなとどこかで達観した自分がいた。
翌日、幸いにも料理の仕方は忘れていなかったが作る気にもなれずスーパーで惣菜を買いに行った。少しでも気が紛れるかと思ったがそれは全くの反対で逆に気が滅入った。
いい加減眠くなってきた頃に家に着きいっその事ソファーで寝てしまおうとリビングに向かう途中で異変に気づく。シャワーの音がするのだ。
まさかと考えながら早くなる鼓動と共に風呂場に向かう。
学校の制服と、服と─旅行鞄。譲の荷物と思われるそれに、どうして鞄まで持ち出すのだろうと不思議に感じて、もしかしたら想像以上に傷つけてしまい家出をするんじゃないかと推測した。
家出の前科持ちらしいからありえる。不安になって声をかけた。
一回目は何も返ってこなくて、やっぱり話してくれないか…と落胆した。二回目は譲がシャワーヘッドを取り落として返事をした。聞こえていなかったのか。
話をしている途中で、ズキズキと頭が痛み始め蹲る。どうやら、記憶が少し戻ってきたらしい。
その後、風呂場で倒れて気がついたら椅子に座っていて譲が目の前にいた。
あまりの近い距離に顔を顰めると、酷く悲しそうな顔をされた。
「……ごめん、なさい」
そんな顔をさせたかった訳じゃないのに言葉が出ない。
確かに譲が好きだという記憶はハッキリとあるのに、まだ受け入れられない自分がいる。全てを思い出せばこれは消えるのだろう。
「全部…話すから」
あまりに突然に言い出すからかたまった。
「…隠したいから隠していたんだろう?」
「…それも、ごめんなさい。父さんが、おれとの事思い出さなければフラッシュバックしないかなって…落とされた時のこと」
「階段からの事か?そんな事しない」
「分からないだろ!それで、落とされたショックで人間不信になって仕事行けなくなったらどうしようとか色々考えて…そしたら、おれが言わなきゃ大丈夫だなって…」
そこまで考えていたなんて、知らなかった。信頼されてないと思っていたから。
「馬鹿、だな」
どうせおれは馬鹿だと投げやりになる譲が愛おしくて抱き寄せる。抵抗する腕を押さえつけて更に抱き込む。
「ちょっ」
「…ちゃんと思い出せるように頑張るから」
「だ、だめ」
は?とついつい低い声を出した。ここまで来て逃げる気か。
「頑張ったら、だめ…。頭痛そうにしてるの見たくない」
「じゃあ痛くならない程度なら?」
「……お、お頑張り下さい」
耳元で笑えばびくりと肩を跳ね上げ、離れようとする。だからさっきより強く動けないようにした。
「父さん、服濡れてるから着替えないと」
そういえば、風呂場で倒れたんだった。服を見れば右半身が濡れており、意識すれば冷たいと感じる。
「そうだな。それと、譲」
「なに」
「付き合ってたんだな?」
若干間が空いて、腕の中の譲が頷いた。
「なら、付き合ってるに訂正する」
「つきあっ、えっ?」
「それから名前は『朔』でいい」
「なんで?!」
「その方が譲も安心するからな」
この、顔を真っ赤にしてまた暴れだした『恋人』をどうしてやろうか。
まだ戸惑いはある。だが、ただ愛おしいという気持ちを捨てたくなかった。
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