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第3話

抱っこされた状態のまま、どうせ下ろしてくれないだろうなと諦め潔く寛いでいるとインターフォンが鳴った。 「...来た?」 「多分な。...行かせたくない、出ないでおこうか」 「だめ、だろ...」 思わず出なくていいじゃんと言いそうになる。おれだって、ここに居たい。 「そうだ、父さん」 「次そうやって呼んだら怒るぞ」 「ぅっ...朔...、おれが居ない時に何かあったら心配だから、人に頼もうと思うんだけど、いい?」 「人?」 頼もうと思ってた人は...百合子さん。他に頼める人ってのがどうしても思いつなくて。 「百合子さんって人なんだけど」 「.........ゆりこ、さん?」 何故か嫌そうな表情をされる。 「その名前...どこかで」 記憶が消えても、嫌な思い出として残っているらしい。 「父さ...朔の会社の人なんだけど、覚えてる?」 「本当に、それだけだったか?」 「え、っと」 百合子さんとの壮絶バトルの事も白状するべきなんだろうけど、説明の仕方がしにくい。なにせおれ女装したし。 「とりあえず電話かけてみて!」 逃れる為に携帯を手渡す。訝しげな表情をしながらも朔は携帯を受け取りボタンを押す、 「冴島 百合子?」 頷いたが、苗字は知らないため定かじゃない。 プルルルと電話ならではの音がなり、わざとなのかスピーカーモードにされた携帯から「はい」と百合子さんの声が聞こえた。 「あ、もしもし。官乃木なんですが」 『ひっ、か、官乃木?!朔さんですか?!すみません、失礼させていただきます!』 官乃木と聞いた途端に怯えた声音ですぐに電話を切られた。何だったのか、今のは。 会話したのはわずかな時間、それも一方的に終わらされた。二人で顔を見合わせ何が起こったのか分からないという表情になる。 今のが、百合子さん?あの自信満々なところはどこへ行ったのだろう。 「百合子さんってこんな人だったのか?」 「全然違う...。獲物を捕まえようとするハンターみたいな」 睨まれた時を思い出し身震いする。 仕方なく他に誰か頼める人を考えているとまたインターフォンが鳴った。続いて、戸を叩く音が部屋に響く。 「譲ー、いるのよねぇー?」 祖母の声にため息をついて立ちがるけど、腕を引かれ朔の胸に飛び込む形になった。苦しいほどに抱かれ、自らも背中に腕を回す。 「譲、嫌なことがあったら本当に帰ってきていいから。ちゃんと帰ってこれるように、解決策を考える...行っておいで」 ふっと腕が離される。名残惜しくて腕を解かないままでいると音がどんどん大きくなる。これでは近所迷惑だ。 「いってきます...」 笑えたかどうか分からないけど、最後に父さんは優しく微笑んでくれた。

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