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第21話
「でさ、譲くんの彼氏って朔でいいの?」
やっぱ見てたんじゃんと布団を被り黙秘を決め込む。...多分、神霜先生は偏見ないんだろうけど問題は他にも沢山あるから。
「...父子恋愛、ね。いいんじゃないの?障害あると思うけど、好き同士なら」
「...反対とか」
「しないしない。俺は絶対譲くんの味方だよ。あ、朔に飽きたらいつでも俺の方に来ていいからね♡」
ぞわ、と背筋に冷や汗が下る。語尾にハートが見えたのはきっと気のせいじゃない。
「ほらほら、いい子は寝なさい!先生、襲っちゃうぞー」
本気でやりそうと焦って、布団を被ってるから見えるはずないのに目を瞑る。すると、眠くなってきて...おれは闇に包まれていった。
むさ苦しい事務所からやっと抜け出せて大きく息を吸いこんだ。
「断りもなく連れていくなんて、酷くないか」
後についてきた菜緒に文句を言ってやる。返り討ちにされると分かっていながら。
「言ったら付いてこないでしょ。久しぶりに朔くんにみんな会えて嬉しがってたからいいじゃないの。それとも資料いらなかったかしら?」
「いる、けど...」
やはり返り討ちにされてしまった。振り返ってなんとか反論を試みようとしてなにも言えなくなった。菜緒は眉を顰める悩んでいた。
こういう時、なにを言っても反応は返ってこない。
車には乗り込んだが菜緒は動かず運転席で腕を組んで考え込んだまま。ここは山奥で帰ろうにも足では帰れない。少しの間はこのまま車は動きそうにないな...と諦めシートにもたれこんだ。
譲はいま学校だろうなと思いを馳せる。なんの勉強をしているのだろうか。自慢ではないが、俺も結花子成績はいい方だった。譲は遺伝なのか上の方にいたが......あっちの学校ではどうか。あの高校は金持ちが入っているだけあってまぁまぁ偏差値は高い。あの二人はどうやって譲をねじ込んだのか...。きっと金でも詰んだんだ。
〜プルルル
我に返ると電話が鳴っていた。義姉さんは、腕を組んで寝ていた。そりゃ気づかないなと電話に出る。...非通知?
「はい」
『...朔ね?』
嫌な予感が心拍数を跳ね上がらせた。
「......何の用ですか」
久々に名前を呼ばれた気がする。もう何年も前の話だ。確か最後は、俺が家を出る時の「待ちなさい、朔!」だ。
『昨日譲と電話してたのは、あなたね?』
「...それが、なにか」
予想はしていたが...ばれたか。多分電話を切ったあと風呂にでも走ってたんだな。
『...譲を誑かさないでちょうだい』
「誑かす?なんのことー」
『黙りなさい!!自分の息子に手を出すだなんて、恥を知りなさい!!』
キーーーンと耳が痛くなる。その事を言いにわざわざ電話してきたと?それならこっちも応戦してやる。
「俺の息子?なら連れ戻すのもありですよね?」
『っ、違うに、決まってるじゃない!わたしたちの息子よ!』
「どっちにしろ俺と血縁関係はあるわけですから会うのはこっちの勝手ですね」
『あなたは息子じゃないわ!!!』
「ほぉ?他人に電話をかけてくるだなんてお暇なようで」
『黙りなさいよ!』
昔からこうやって親とは喧嘩し続けていた。喧嘩の絶えない家庭だった。
「それで、要件は譲を「誑かす」だけですか?」
『そうよ。それと、二度と電話もメールもしないでちょうだい!』
「無理ですね。あなたに言われる筋合いはない。どうせ私は他人ですから」
電話の向こうで叫ぶ声となにかが壊れる音がした。相当ご立腹のようで笑えてくる。俺が裏で動いているとも知らずに。
『...別れなさい』
「嫌です。他人のあなたに言われる筋合いはない」
『譲のことを考えなさい。あの子の今後人生はどうなると思ってるの。男と、それも親子で関わりを持つことの辛さを考えなさい』
この人は、譲を心配するふりをして本当は世間体を一番に考えている。俺が榊田にいた時もそうだった。いま思えば、どうして大人しく榊田に従っていたのか理解できない。
譲が男しか愛せないのだと話してもこの人の頭は受け付けない。
「あなたには、関係の無い話だ。それより、譲を返して欲しいのですが」
『譲はわたしたちの息子よ。そうね...譲には躾が必要だったわ。あなたなんかと関わりを持つことがどれどけ悪いことか教えてあげなきゃ』
「なにを、するつもりだ」
低い声で脅すと甲高い笑い声の後電話が切れた。
「おい、おい!...くそ、切れた!!」
ゾクゾクと背筋を這い上がる悪寒。この嫌な予感が現実にならないことを祈って。
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