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第24話
「...出ない」
もう何回電話したのか。くそ、と悪態をついてとうとう携帯を放り出した。
一昨日のことだ。蓮から電話(譲が蓮と初対面した時の電話で交換した)があり、譲が登校初日から一度も登校していない、既に榊田とは連絡が取れているものの譲とは連絡どころか、家庭訪問として行っても家にすら上げてもらえない、と。
あと少しで証拠が揃い、譲を連れ戻せると思ったが遅かった。あの人の方が先に動いたようだ。
携帯を押収しているだけならまだいいが、蓮が会いに行っても会わせないのが気になる。仮にも担任だ、世間体を気にする榊田ならば合わせるのが普通だと思っていたが...なにか変わったのか。
兎に角焦って電話したが、案の定譲が出ることはなく留守番に切り替わってしまった。これが一昨日。
譲の登校した日は五日前、計算すれば、今日を含め7日間連絡を取れていない状態だ。
どれだけ悪態をつこうが現状が変わるわけでないと理解していてもつかずにはいられない。
「なんで...っ」
最初から...行かせなければよかった。無理矢理にでも押さえ込んで離さなければ、譲は自分の手元から零れ落ちていくことなんてなかったのに。
「ゆずる.........っ」
無事でいて欲しい。連絡が取れないほど痛めつけられている...?部屋に閉じ込められている...?飯を食わせてもらっていない.....?
放り出し電子機器でまた譲に電話をかけた。
「譲くん明日学校に来るらしい、お前迎えに来い」
「ほんとうか!」
寝起き頭がすぐに起き飛びついた。
「朝、譲くんは必ず車に乗ってくる。先回りして榊田に行ってそのまま攫っておいでよ」
ここまでされて誰が奪還するなと言うのか。
「ああ、分かった。ありがとう蓮」
「.........ただし、なにがあっても譲くんを信じるんだ」
蓮の言ったことが不審で聞き返したが切れた後だった。なんでもいい、早く譲を迎えに行きたい。
運転技術の高い奈緒に車を用意してもらうことにして、なにかあったとき逃げれるようにしてもらう。朝早くから呼び出したというのに奈緒は上機嫌で、さも楽しげな感じが溢れだしている。
榊田までは自分が運転し、譲を奪還したあと奈緒の事務所で雲隠れする予定だ。
なんとしても奪い返す。榊田への制裁はもう出揃っている、あとは譲だけだ。
「本当にいいの」
榊田へ向かっている途中、奈緒がこんなことを言い出した。
ちら、と盗み見れば真剣な表情をしていて真面目な話なんだと気持ちを切り替える。
「榊田は...これくらいじゃ潰れない」
「そうじゃないの。仮にもあなたの親子よ、大丈夫なの?」
「...心の面?」
指示器を出し車を右に寄せる。
「...むかし、の話だけど。榊田だから家業を継ぐのが普通、俺もそれでいいんだって思ってた。でも仲良くしてた友達に『榊田とさえ仲良くなってれば今後の人生安定するわー』って陰で言われてて、ああ俺榊田としか見られてなかったんだなぁって。それで、家業継がずに自分のやりたいことしたいって両親に言ったんだ」
「......反対された?」
「そう、反対された。反対っていうかお前頭おかしいのか?みたいな。聞き入れてももらえなかった。
そのあと色んなことで揉めて、結花子に出会って、婚約者から逃げ出して、家を出て、逃げて、逃げて...最後にあの人たちからきた電話は『お前はわたしたちの息子じゃない、どこにでも行け』だった。じゃあそうしてやるよって、売り言葉に買い言葉で絶縁宣言した」
苦い記憶だ。婚約者から逃げたことで相手がどれだけ傷ついたかを考えない、まだ若かったんだ。
絶縁宣言したはずなのに、譲の出生届けを出しに行くついでに自分の戸籍を確認したり。
いつか榊田が連れ戻しにくるんじゃないかと怖々として過ごしていた。結花子が亡くなって譲を守るのが自分だけになると、怖がってるわけにもいかないと必死になっていた。
「...もうすぐ、着く」
自分から榊田に赴く日が来るなんて。
車を榊田の入口の手前に止めた。ここなら見つけやすい。
「奈緒さん、あとよろしくお願いします」
「オッケー」
頑張ってと背中を叩かれる。車から降りて榊田の前の門に寄りかかって待ち伏せた。
7:57...あと、3分。時間に厳しいだろうから、8時には家を出ている。俺の時もそうだったから。
あと、2分
あと、1分
...あと、30秒
......あと...
「.........譲」
門から出てきた譲は名前を呼ばれてキョロキョロと辺りを見渡し、...こっちを見て顔がぐしゃりと歪んだ。泣きそう、一瞬でそう感じ取った。
「っ、...」
譲が歩いてくる。
そして、
脇を通り過ぎて行った。
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