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第5話

 付き合ってからもブルーに変化はなかった。  俺たちは同棲を始めてはみたものの、研究に明け暮れているブルーは自宅にも帰って来ないことが多かった。  俺はブルーに普通の恋人同士の付き合いを求めたが、それはもちろん叶わなかった。 「仕事と俺とどっちが大事?」  俺がそう怒鳴っても、ブルーは表情も変えずに淡々と返すだけだった。 「比べる対象がおかしい。君のことは誰より大切だが、研究は俺の一部だ」  俺はそんなブルーに口では絶対に勝てなかったから、代わりに投げつけるためのクッションをいつも家に複数常備するようになった。    それでもブルーは俺の誕生日だけは仕事を休んでくれた。  スマホも紙もペンも持たず、ブルーと二人きりで出かける誕生日は最高だった。  ブルーの誕生日もきちんと祝いたいと俺が言うと、「どう祝ってくれるの?」と聞かれた。 「ブルーのしたいことをしよう」  そう提案すると、研究室に連れて行かれた。  いつも通り研究をしているブルーの横に椅子を置き、俺はただ彼の姿を眺めるだけ。  ブルーの誕生日にしたいことは、いつも通りの日常を過ごすことだった。   研究室からの帰り道、俺はため息をつきながら言った。 「結局、ブルーの一番したいことって研究なんだな」 「うーん。ちょっと違う」  そう言ってブルーは俺とつないでいる手に力を込めた。 「大学時代は俺が研究してる隣で、いつもああやって俺のことを見てくれていたろ。ふっと集中力が途切れた時、あのウィルの視線がすごく心地よかったから、今日は付き合ってもらったんだ」  そう言いながら俺の顔を覗きこむブルーに「これだから嫌いになれないんだよ」と思いつつ、赤くなった顔を俺はマフラーに埋めて隠した。  ブルーの研究がようやく形になり、人工知能を搭載した人型のロボットが完成したのはブルーが30を迎えた年だった。  ジョンと名付けられた人型のロボットはデパートで見かけるマネキンにそっくりで、一目で人間でないことは分かった。  ジョンは頼めばオンラインショッピングもしてくれるし、明日の天気を聞けば答えてくれる。  高度な人工知能を搭載しているので、人との日常会話も難なくこなした。  ブルーはジョンの発明により、またもや時の人となった。  ブルーの病気が発覚したのはちょうどそんな時だった。  タクシーが家の前に急停車し、俺の体ががくりと揺れた。その振動で俺の思考は過去から現実に押し戻された。文句を言おうにも運転手はロボットなので無駄だ。  雨は先ほどより勢いを増していて、俺は億万長者のブルーが住んでいたとは思えないほど質素な造りの一軒家に走った。  濡れた髪を玄関の自動温風で乾かすと、俺は葬儀用のスーツからジーンズと白いセーターに着替えた。  コーヒーを入れようとカップを探し、いつもブルーが使っていたマグを見つけてしまう。持ち主のいないマグカップは捨てることもできないが、到底同じカップに口を付ける気にはなれなかった。  コーヒーを入れると窓際に行き、庭の木の葉を叩く雨粒をぼんやりと見つめた。  その時チャイムが鳴った。玄関の自動ドアを開けると、そこにいたのは大きな荷物を持ったブルーの部下、リアムだった。先ほどの葬儀の時と同じ黒のスーツ姿の彼は、きまり悪そうに笑うと「よお」と手をあげる。 「まさかそれって……」  俺はリアムの持っていた箱に見覚えがあった。  寝室にパッケージも開けず、そのままになっている「ジョン」と同じ包装だった。

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