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告解 〜 the Confession 1

風向きが変わった。 流れてきた湿りけを含む空気をひと息吸い込んでから風上に顔を向けた瞬間、こちらへ向かって勢いよく飛来してくる存在に気づいた。 「おい、待て! どこへ行くつもりだ」 そのまま門を潜ろうとする小さな身体を慌てて抱きとめて阻止すれば、途方にくれた眼差しで見上げるその顔はまだ幼い子のものだった。 「……お兄ちゃん、誰」 つぶらな瞳をして無防備に俺の腕に身を預ける姿を見て気づく。この子はまだ年端のいかない羊の民に違いない。 「ここは誰も通ってはいけない門で、俺は門を守っている。お前の群れはどこだ。はぐれたのか」 幼子にもわかるような言い方で端的に語りかければ、黒い瞳をゆらゆらと不安げに動かしながら子どもはこくりと頷いた。 羊の民は光を食して浄化する。夢中になって光を追ううちに、この果てまで辿り着いてしまったのだろう。 この子の群れを捜そうにも、俺はここを離れることができない。 どうしようかと思いあぐねていると、また風向きが変わるのを感じた。 「ああ、流伽(ルカ)が来た」 腕の中の子どもが歓喜の声をあげる。同じ方向へと目を向ければ、遠くからこちらに近づいてくる人影が視界に飛び込んできた。 「よかった、こんなところに」 ここへ来る者は滅多にいないというのに、今日は稀有な日だ。 流伽と呼ばれた少年が、俺のもとへと降り立った。美しく整った顔立ちに穏やかな微笑みを湛えている。キラキラと光の粉を纏っているかのような、目映い姿だ。 羊の子は途端に俺の手から離れて、真っしぐらに少年の元へと飛びついた。 「ごめんなさい、流伽」 「須紗(スサ)、遠くへ行ってはいけないと言ったはずだよ。来たばかりで勝手がわからないのだから」 そう優しく諭す少年は、恐らく羊の民を先導する羊飼いなのだろう。俺を見上げ、謝罪の言葉を口にする。 「申し訳ありません、この子が失礼を」 「いや、構わない」 その時羊飼いは初めて俺の背後に視線を移して、わずかに眉を顰めた。 「ここは……?」 何もかもを呑み込むかのようにぽっかりと口を空けた暗黒の空間を、羊飼いはまじまじと見下ろす。 羊の民を率いて世界中を旅している羊飼いにさえ、これは物珍しい光景なのだろうか。 「ここは、神へと続く門。何人たりともこの先を通ってはいけない」 「では、あなたはこちらの神に仕える守門(スモン)なのですね」 無言で頷く俺に、羊飼いは安堵の表情を見せた。輝くばかりの微笑みについ目を奪われる。 「神の近くだからでしょう。ここには強い光が集まっている。羊の民にはいい環境です。この子が迷い込んだのも無理はない」 先程の子が恐る恐る羊飼いの元を離れ、辺りを飛び回り始める。気持ちよさそうな顔をして、光と戯れていた。 「決して門に近寄らせることはありません。しばらくの間、この辺りに羊の民を連れて来てもかまいませんか」 滅多に人が来ることのないこの辺境に、羊の民が放たれる。長らくこの門を守ってきたが、前例のないことだった。 「……門に近づかないのであれば」 この門さえ通さなければよい。それが俺に課せられた役割なのだから。 自らを納得させながら答えた俺に、羊飼いは手を差し伸べる。 「ありがとうございます。あなたの神を、私も敬います」 眩い光を放つその笑顔に俺は見惚れる。 流伽という名の羊飼いは、穢れのない澄んだ瞳を持つ美しい少年だった。 主よ、お赦しください。 貴方に仕える身でありながら、私は羊飼いに恋をしたのです。

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