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告解 〜 the Confession 2

門から少し離れた場所にある陽だまりの中に羊の民を放っている間、流伽は俺のもとへと来るようになった。 羊の民が誤ってこの門を潜らないように、羊飼いは門の前で遠くから羊の民を見守る。それがここを厳格に守る役目を持つ俺にとって好都合であることには違いない。けれど、それだけではなく流伽が俺に少なからず興味を抱いていることに、どことなく気づいていた。 羊飼いは光を求めながら羊の民を率いて流浪する。光のある場所で一定期間を過ごし、光がなくなればまた旅に出る。そうして次々と世界を移ろうから、どこか一箇所に定住することがない。 そんな生活を送ってきた流伽は、これまでに渡り歩いてきたところの話をよく聞かせてくれた。 極彩色の花が一面に咲き乱れる世界。浄らかな水が美しい渦を描いて流れる世界。緑に覆われた豊かな森の世界。移りゆく季節を鏡のように映し出す空の世界。そして、それらの場所には多くの生命が存在し、ひしめくように呼吸をしている。 永い時間ずっと一人でこの門を守り、時折神のもとへと行くことしかない俺にとって、未知なる三千世界の話はどれも不思議で興味深いものだった。 「あなたは、門を守る前は何をなさっていたのですか」 光を浴びて煌めく砂塵がゆっくりと舞う中、不思議そうな顔でそう尋ねてくる流伽に、俺は正直に言葉を返す。 「憶えていないのだ」 「──え?」 「気がつけば、俺は主の下にいた。それ以来この門を任されている」 俺の最も古い記憶は、主に与えられたあの赤い実を口にしたときのものだ。 次に与えられたのは、守門という役目。 生きとし生けるものがこの門を通ることのないようここで見張っていること。それは、主が俺に授けた重要な命だった。 「そうなのですね」 流伽は俺の隣で小さく頷く。柔らかな髪がふわりと空気を含むように靡いていた。羊の民が来てから、ここには随分いい風が吹くようになった。 「あなたの神は、名を何と仰るのですか」 「主に名はない」 そう答えながら、俺は少し考える。言われてみれば、神の名前など気にしたことはなかった。 その絶対的な存在に、固有の名があることなど想像したことがなかったからだ。 「いや、実のところはあるのかもしれない。けれど名を聞いたことはない。主は主だ。名など必要がないからな」 『では、何の神なのですか』 『何の? 主は総てを司る神だ』 俺の言葉に、流伽は考え込む素振りを見せた。唯一絶対の神などなく、この世界には多くの神が存在し、それぞれの事象を司っている。そういう話を俺が流伽から聞くことになるのは、もう少し先のことだ。 常に一人で門の前に立つ俺にとって、流伽と過ごす時間はいつしか掛け替えのないものになっていた。主への愛とは異なっているが、俺は確かに流伽を愛していた。 ずっとこうして日々を過ごすことができれば、どれだけ幸せだろうか。叶わぬ夢を見ながら、俺は近いうちに来る別れのことを考えまいとしていた。

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