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第5話「目覚め」
早朝、ヒスイがカシューの部屋を訪れた。初めて出来た竜の友人を、早く自由にしてもらいたくて、カシューは落ち着きがない。
「鍵は外してもらえますか?」
それに対してヒスイはこれは大人の事情だと、俺達にとって難題を押し付けてきた。
「基本コマンドの『kneel 』をやって見せてもらえないか?」
どちらにでもなくヒスイが問う。
『kneel』は言葉通りひざまずけと言う意味だ。しかし、おとぎ話の様なそれを想像してはお門違いになる。
それは、正座した状態から膝下を外に開き、太股の間に尻を落とした女の子座り。俺の自尊心を最高に踏みにじるコマンドだ。今まで誰からの『kneel』にも従ったことは無い。
それなのに、俯いて暗い顔をしているカシューの顔を見たら俺が何とかしなければと思った。
「さっさとやろうぜ!『kneel』くらいやってやるよ。」
カシューは大きく深呼吸をした。全身からコマンドに対する拒絶の色が伺える。そんな気持ちを押し留める様に、ハッキリとした言葉が耳に届いた。
「『kneel』!!」
一瞬ブルッと身体が震えたと思ったら、身体からみるみる力が抜けていき、自然とカシューの足元にすがり付く様にひざまづいていた。そのまま尻が床に落ちて、あれほど拒んでいた『kneel』が完成した。
しかし、さっさと立ち上がろうと手を床についた瞬間、心臓が壊れそうなくらい早鐘を打ち始めた。胸がどんどん苦しくなり、呼吸までもが荒くなる。
「っ…なんだ……これ?」
それと同時に背筋に悪寒の様なものが走り、全身が熱くなる。何かが疼いてむず痒い。我慢できず首筋に爪を立てた。
その様子を側で見ていたヒスイが叫ぶ。
「アフターケア!!」
「あっ、はい。」
細く繊細な指先が春の風の様に頭を撫で、優しい声が森の木々の囁きの様に鼓膜が包む。完全に昨夜の夢物語のせいだ。
苦しかった胸の鼓動は穏やかになり、霧がかかったみたいに頭の中が真っ白に染まった。
「良い報告が出来そうだ。」
ヒスイの手元からキラリと光るものが、弧を描く様にカシューに向かって投げられた。
「ありがとうございます。」
カシューがそれを受け取ると、ヒスイは掌をひらひらと振り部屋を出ていった。
俺はふわふわ雲の上で青い空を漂っていた。そのまま爽やかな風に乗って、今いる場所から遥か彼方へと流される。
ふと我に返った時には、ソファーで横になっていた。身体を起こすと、向かいで座っていたカシューがすぐに立ち上がる。
「目覚めた?何か飲む?」
「…水くれ。」
カシューはすぐに冷たい水を用意してくれた。喉は乾いていなかったけど、一気に喉に流し込むと、僅かに身体に残っていた熱が冷やされて、やっと現実に戻ってきた様な気がした。
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