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第7話「診察」
「《glare 》はやめて下さい。代わりに僕がコマンドを使います。本当はすごく嫌だけどクロも協力して?」
ヒスイにあれこれ言われるよりは数倍マシと思ったが、俺は何も答えず顔を背けた。
「そうでもしないと診察にならないでしょ?」
どうしても嫌ならと、逃げ道としてセーフワードが決められた。「ミルクティー」この言葉が俺から出た時は、カシューも手を引く。
こうしてても埒が明かない事も分かっていたので仕方なく頷いた。
「じゃぁ、まずはちゃんと前を見て椅子に座って『sit 』」
カシューの『sit』が頭の中で何度も繰り返す。ぐるぐると目を回したみたいに一瞬まわりが見えなくなった。
「クロ、ちゃんと座ってくれてありがとう。次は、聴診してもらうよ。胸まで『strip 』」
流石にこれは、いくらコマンドでも臍 の上くらいまで服をたくしあげるので精一杯だった。これ以上はセーフワードだと思っていたら、タイミングを見計らった様に声が掛けられた。
「すごく頑張ったね!あとは僕が手伝うから大丈夫だよ。このまま『stay 』」
俺の震える手の甲に、カシューの温もりが重なり胸がギュッとした。
でもそれは、すぐにあてられた聴診器の冷たさに紛れた。早く終わらないかと、カシューにチラチラと視線を送る。
「『goodboy 』!!」
漸く待ちわびた言葉に、コマンドで褒められた事に気付かないくらい嬉しさで胸がいっぱいになった。しかし、まだまだ診察は終わらない。難しい顔でヒスイが問う。
「どこも異常は無い様なのだが、念のため腹部も触診させてもらえないか?」
「どうしたら良いですか?」
「診察台の上に横になって、少し膝を立ててもらいたい。」
誉められて嬉しい気持ちを引きずったまま、次のコマンドにも従った。
「こっちにおいで『come 』」
診察台の横に手招きされ、軽快な足取りで側に行くとよしよしと頭を撫でられた。
「とても早かったね。次、診察台の上『rollover 』」
すっかり抵抗は無くなり、当たり前の様にゴロンと仰向けになった。カシューの手が膝を持ち上げ、服をたくしあげる。そこへ無遠慮にヒスイの指先が素肌の腹部をなぞった。
「…ちょっ!…くすぐったぃ……やめろよ…!!」
「『shush 』静かに。こらっ『stop 』!!」
何とか診察が終わると、繰り返されるコマンドとケアの嵐で頭の中は朦朧としていたが、不思議と身体は少し軽くなったように感じた。
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