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第6話
○ 六日目〈蛇岐〉
随分と寒い朝だった。
椿とふたり裸で抱き合って、わずかな身動きすら躊躇った。互いの素肌の間に少しでも隙間が生じれば、どちらからともなく身を寄せた。埃っぽいベッドの中で目を閉じて、時折思い出したかのように脚を絡ませ、椿の冷たい指先が肩や胸や腰を撫で、俺もそれに倣った。
椿は、力なくぐったりとしている。そろそろだな、と思った。包帯もガーゼも取り払われた椿の腹にはおよそ五センチの刺し傷があり、まわりは赤黒い痣になり乾いた血がこびりついている。呼吸も浅く、ひゅうひゅうとおかしな音を繰り返しているし、顔面は疾うに血の気を失っていた。
「蛇岐……………」
弱々しい椿の呼びかけに、なに、と答える。
「歌、うたって」
歌なんかよりセックスの方が得意だよ、そんな軽口が頭に浮かんだけれど、とても口に出そうだなんて思えなかった。ここへ来る日にコンビニで買い込んだ食糧は、パンがひとつとスープの粉末ふた袋しか減らず、残りはすべて白いビニール袋に詰められたまま、シンクの上に放り出されていた。頭は白く霞んで、瞼も酷く重い。病院の薬品棚に並んだ鳶色の瓶を、あの日ひとつだけ拝借していた。中身が何かなんて知らないけれど、それを昨夜(椿が寝ている間に)いっぺんに飲み込んでしまった。
俺だってもう疲れ切っていたけれど、それでも、と必死に瞼を持ち上げた。椿を腕の中に抱き込んで”A boy”と口ずさむ。椿はゆっくりと目を閉じた。そして俺と同じように口ずさんだ。途切れ途切れに、弱々しく、最期には涙を流して。
ああ、と互いにため息ともつかない声を漏らした。椿の声は次第に小さくなって、やがて耳に届かなくなってしまった。目を閉じて、全身のちからが抜けて、そして身を揺すっても動かなくなった。そうしている間に、おかしな音を発していた呼吸音も聞こえなくなった。それでも、歌の最後までを、俺はきちんと口ずさんだ。
獅子雄さん、と心の中で呟く。最後の任務を無事に終えられたことに安堵していた。これであなたに、堂々と報告ができる。そうしたら褒めて欲しい。今まで一度も褒めて貰えたことなんてなかったから、よくやったな、と、一言だけでいいから。
そう願って、涙が零れた。そして次の瞬間には急速に、重苦しい闇に飲み込まれた。俺はそれに抗うことなく、目を閉じる。よくやったな、蛇岐。そう微笑む獅子雄さんが見える。
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