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第3話

 放課後。 なんだか遅いな、泉原の奴。  ふたりで喋っていた最中(さいちゅう)に、「飲み物を買ってくる」と出て行ってから、しばらく戻って来ない。コンビニでも行ったのかな?  なんとなく気になって、自動販売機のある裏庭へ向かった。すると、泉原の話し声が聞こえてきた。 学校の裏庭って、確か溜まり場となってるんだよな。他の奴らと喋っていただけか、と俺は安心したが、 「ねぇねぇ、泉原くん。これから一緒に帰らない?」 そんな女子の声も聞こえてきた。さらに気になってこっそりと覗き見ると、泉原と話していたのは、見知らぬ顔の女子だ。違うクラスのひとか?  少し離れた場所では、見覚えのある男子数人が、ちらちらとふたりのやり取りを横目で見ている。あれは俺達と同じクラスの連中だ。 「私、ひとりきりだと怖くて。だからさ、泉原くん。送って行ってくれないかなぁ、お願い!」  泉原の制服の袖を引っ張りながら女子はせがむ。しかし、まだ夕方前で外は明るいのに、ひとりきりじゃ怖いのか。 「いいや、俺、これから用事あるんだ」  あっさりと断られると、女子の甘えた表情が途端に(しら)けた。 「そうだ、こいつ等に送って貰いなよ」  ふたりを眺めていた男子達を泉原が指さすと、その集団からはくすくすと笑い声が沸く。からかいの笑いにも気にせず、泉原は手を掲げてひらひらと振り、大きな声で呼び掛ける。 「おーい、お前達ってもう帰るんだろ。だったらさ……」 「そんなのいいよ! じゃあねっ!!」  もう二度と顔も見たくない! なんて勢いの別れの挨拶を投げつけて、女子は早足で立ち去った。 (まぁ、怒りたくもなるか)  女子の姿が消えると、その子から「そんなの」呼ばわりされていた連中が、げらげらと大きな笑い声を響かせた。 「いや〜、相変わらずの泉原だな」 「あの子絶対おまえの事狙ってただろ。結構可愛かったのにさ。なんであんなすぐ拒否(きょひ)るの?」 「駄目だよ、オンナに全然興味ねーんだもん」 「エロい話にも『なにそれ?』って表情(かお)でついて来ねーしな。こいつ、一生童貞なんじゃねーの?」   そんなからかい文句にも、明るい笑顔で応じる泉原。  俺は悔しさからぎゅっと拳を握り締めた。  何にも知らないくせに。何も解ってないくせに。  でも、ここで俺が「泉原はお前達よりずっと大人だ」なんて飛び出しても、ただ迷惑をかけるだけか。 「用事あるって言ってたけどさ、もしかすっと、デートかよ?」 ニヤニヤといやらしい口調で尋ねる男子に、 「いいや、俺、尾嶋と約束してるんだ」  泉原がきっぱりと答えると、「やっぱりな~」なんて言葉と共に、笑いが広がった。 (……まずい。すでに俺は、泉原に迷惑をかけていたか。) 怒りも慌てもせず、きょとんとしている泉原の胸元を、ひとりが軽くどついた。 「泉原って、尾嶋と付き合ってるんだろ?」  そんな質問に、泉原から笑顔は消えたが、何も言わない。否定も肯定もしない。 「意外だったな~。オンナに興味ない、って、そっちの趣味だったからか」 「校内デートじゃん。いっつもふたりきりでナニやってんだよ」 「無理ないよ、あいつ妙にセクシーだし。オンナとは違う色気だもん。もし誘われたら俺も落ちるだろうな~」  いやらしい笑い声と、下らないからかいの言葉を泉原に投げつける。  俺の性癖への噂話はいままで何度も耳にしたが。何故か聞いていられなくなり、俺はその場から逃げた。  それでも俺は、泉原を放って帰ることは出来なくて。ひとりきりで待つ教室のドアが開くと心臓が高鳴ったが、缶コーヒーを差し出した泉原が喋りかける前に、俺は大きく首を横に振った。 「なあ、もう止めようぜ、こういうの」 「もうコーヒー飽きたのか? じゃあ、俺の買ったレモンティー飲めよ」  にこにこ笑う泉原の手から缶コーヒーを奪い取ると、 「違うよ……俺たちの恋愛ごっこ!」  顔を逸らして俺は怒鳴った。しばらくの沈黙の後、 「それ、もう別れよう、って意味か?」 想像していたより落ち着いた声で、泉原は問い掛ける。 「……そうだよ」 「そんな事いきなり言われても、わけわからないし。あとさ、ごっこ、って何だよ」 「だってお前は、同性愛者の俺とは違うから。女とのセックスが怖いってだけで、男は恋愛対象じゃないんだろ?」  男子高校生の持つ性欲もあるし、セックスもしたいだろう。  言い寄ってくる女子とも、心の奥では付き合いたいんじゃないか?  でも、過去の失敗から、女子との恋愛が怖くなって。  すると丁度、同性愛者の自分が近くにいたから。 「大学にでも行けば、自分自身で避妊する、しっかりした優しい女達が、お前の傍に集まって来るんじゃねーの? それまで待ってろよ! 俺を巻き込むな!」  きつく瞳を閉じた。耳も塞ぎたかった。空気も感じたくなかった。  だって俺は、自分の嫌な思いから逃げるために、真っ直ぐ向きあってくれる泉原の過去を持ち出して罵る醜い人間だから。 だけど泉原は、そんな俺の両肩をがっしりと掴んた。逃げようとするが、強い力で押さえつけられる。 「なに勝手に決めつけてんだよ。尾嶋だって、しっかりした優しい人間、だろう。それなのに……」 「お前が言ってる俺の性格も、勝手な決めつけだろ! それに……俺は男なんだよ」  泉原の言葉を遮って怒鳴りつけた後、俺はぐったりと俯いた。 「だからなんだよ。それ以前にお前は、尾嶋竜司、ってひとりの人間だろ。男とか女とか関係なく、俺はお前を好きになったんだ」  喚いている俺を落ち着かせるように、穏やかに泉原は諭すが、 「言うと思った……そういう綺麗事(きれいごと)。そんな考え、いつまで持つか分かんねーじゃん」 俺は言い捨てた。 「尾嶋は俺が、泉原康太郎が、嫌いなのかよ?」 「嫌いではないけど……好きでもないよ」  だから終わらせたいんだ。これ以上、好きになる前に。 「俺もお前と同じ。好きな奴が欲しい。だから……他のひとを見つけたいんだ。本気で、男が恋愛対象のひとを」 「……そっか」  俺の腕を掴む力が緩んだ。 「泉原も……本気な恋愛が出来る、真面目な彼女が見つかるよ。泉原自身は真面目なんだし」   背を向けた泉原に声を掛けると、コートを羽織りながら俺に問いかけた。 「尾嶋ってさ、俺を嫌いじゃないなら、友達には戻れる?」 「……うん」 「それなら良いや。二度と会いたくない、とか言われたら、ショックだったけど」  こうして俺と泉原との恋愛ごっこは、想像より簡単に終わった。やっぱり男同士の恋愛なんて、誰もが興味本位からか。  泉原は廊下に出ると、ちらり、と俺の方を振り返って、 「俺は本気で、真面目な尾嶋を、好きだったけどな」 そんな台詞と一緒に、教室のドアをガラガラと閉めた。  

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