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第17話

二度目の交わりの後からクロムの態度が変わった。 仕事中は師弟だが、仕事が終わればあっさりと恋人の顔を見せる。 工房を一歩出た途端、汗で汚れた俺の首筋にキスをしてきた。 俺はこれが嫌で仕方がない。 風呂にも入っていない俺の身体にふれようとするのも嫌だ。 ただでさえ衰えが隠せず、見栄えがするとは言いがたい自分に引け目を感じているのに、さらに汚れているときにふれられたくないのだ。 そもそも『貴方以外欲しいとは思えなくなってしまった』などと言わせてしまった事が申し訳なくて仕方がない。 クロムなら、その気になれば……いや、その気にならなくとも他に素晴らしい相手がすぐに見つかることは間違いない。 十歳以上という年齢差に加え、貴族という身分差もある。そして師匠と弟子という関係。 本来なら、俺がきちんとクロムを指導しなければいけないはずだ。 なのに年下の若い弟子にいいように翻弄され、求められれば強く拒むこともできず、結局押切られてしまう。 しかも……。 クロムを歪めてしまったことを申し訳なく思うのに、優しくキスをされると胸が高鳴り、もっともっとと欲しくなる。 そんな自分の反応が信じられず戸惑っている。 ……きっと馴れない甘い空気に、すっかり当てられてしまっているのだろう。 何を考えているのか。 このままではいけない。そう思うが、負い目を感じて強く出ることができず、どうすればいいのか解決策を見つけられない。 クロムは俺に恋人同士のようなことを強要する。 いや、クロムに言わせれば、俺とクロムは恋人であるということになっている。 工房から家までの短い距離を手をつないで歩く。 時には肩を抱かれ、腕を組まれる。 ここには他に住人もいないからまだいいが、他人から見れば介護のようなのではないかと不安になる。 栄養バランスを気遣ったクロムの料理によって、俺は随分と肉付きが良くなり、肌に張りも出て以前のように二十も年上に見られるようなことはなくなった。 とはいえ、年相応に見られるようになったというだけ。初老からオヤジになっただけだ。 クロムは自らの料理で俺の身体が変わっていくのが嬉しいらしく、事あるごとにふれてくる。 腕や足もまだ細めではあるが、一目でわかるほどに筋肉がついた。 それまでも、身体の細さに反してどこからその力が出るのかと驚かれるほど力は強かったが、さらに力が増して疲れが減った。 クロムは特に、骨の浮いていた胸にやっと筋肉の丸みが出てきたのを喜び、確認しては満足げな顔をする。 しかしどうにも気になり、勇気を出して薄らとまばらに生えた胸毛が恥ずかしいのでふれるのをやめてほしいと伝えたら、嬉しそうに一本一本乳首の毛まで抜かれてしまった。 食事の時に、大丈夫だと言うのに口にまで食べ物を運ばれることもある。 食事から入浴まで、全てクロムに面倒をみられて本当に介護のようだ。 それまでも生活面ではかなり世話をやかれ、甘えてきたようなものだから、クロムが要求する『恋人として甘える』ということがよくわからない。 結果、クロムの若い性欲に恥ずかしさを耐えて応じることでしか、望みを叶える方法を見つけられないでいる。 クロムはどう考えても恥ずかしい行為を求めてくるくせに、恥ずかしがらなくてもいいなどと言う。 無理だ。 恥ずかしいものは恥ずかしい。 『恥ずかしがらなくていい』と言うのなら、俺で性欲を解消するにしても、毛布などで隠し事を終えてくれればいいのだ。 俺の性欲まで面倒を見ようとしてくれなくていい。 最初と二度目の交わりでは着衣を解くことのなかったクロムが、恋人として振る舞うようになってから、その肌を見せるようになった。 顔ですらまともに見られるようになるまでに随分かかったのだ。 クロムの裸体など正視できるわけがない。 それでも視界に入ってくる美しい身体に、俺の心臓は息苦しいくらいに暴れ始める。 そして肌の熱さにふれると、もう……本当にどうしていいかわからない。 いくら堪えようとしても、クロムにふれられれば心中の期待を露呈するように反応を示す自分の身体が恨めしい。 そもそもクロムとこんな事になるまでは、ほとんど性欲など感じたことはなかった。 試作した性具の具合を試しても、示すのは反射か若しくは生理現象であって、そこに止められなくなるような性欲も押し寄せるような快感もなかった。 なのに……クロムにそれらを使われると……。 クロムは俺を愛していると言う。 愛しい恋人であると。 だが、俺には勘違いとしか思えない。 俺に罰を与えるための行為で、若い欲情が抑えられなくなり抱いてしまった。けれど優しいクロムはそんな己の行為が許せずに、愛しているから抱いたのだと思い込んでしまったに違いない。 そのことを伝えてみたが、クロムは当然のように「恋とは全て勘違いです」と、言い切った。 「恋とは大好きな人の良い面しか見えなくなる良質の勘違いです。そこから互いに愛を深め、良し悪し両面を知っても離れがたい関係となるのです」 思い込みなど何の問題でもないと、俺に対する勘違いをさも一般的な恋の始まりのように言う。 しかも、クロムのこの『良し悪し両面を知りたい』という気構えのせいで、俺はずいぶんと恥ずかしい思いをしている気がする。 けれど、なんだかんだ言って俺はクロムに弱い。 そして、クロムの『貴方以外欲しいとは思えなくなってしまった。ですから、責任をとって……』などという横暴な言葉を、彼の腕を振りほどかず自分を与え続けるための言い訳にしているのだ。 風呂あがりに居間で茶を飲んでいると、やはり入浴を済ませたクロムに部屋に呼ばれた。 最近は、クロムの寝室で共に寝ることがほとんどだ。 にも関わらず、わざわざ呼ばれるということは……。 「今日はさらに装飾が駆動開始する時間を工夫し、改良してみました」 そう言ったクロムが手にしているのは、布張りの箱に入った小さなアクセサリーだった。 小さなリングにリンゴの木とチェーン状の蛇の装飾。 試作品として倉庫に置いてあったものだ。 試作品は納品する装飾品とは違い、おおまかな駆動やつくりを確認するだけで仕上げまではしない。 最近クロムは『シロガネ』の技術を自分のものとするために、古い試作品の改良と仕上げにいそしんでいる。 たしかにそれは非常に効率のいい方法だと思う。 しかし、その素材が……。 寝台に座る俺のシャツを当たり前のように剥ぎ、胸をなで上げて乳首を摘む。 そして、そこをしっかり起ち上げると先ほどのリングを丁寧にはめた。 そう、これはあの性具の試作品のうちの一つだ。 ゆっくりとチェーンの蛇が動き、きゅっと乳首を締め上げる。 痛いとまではいかない。けれど、しっかりとその存在を示す。 「良くお似合いです」 全く嬉しくない上に、似合うわけもない。 けれどクロムは満足そうな顔で俺の乳首を眺める。 指で軽く蛇とリンゴのニップルリングを弾いて、その装着具合を確認する。 弾かれるたびにしゃらしゃらと揺れる小さなリンゴと木の葉に胸をくすぐられた。 「ふぅっ」と息を呑んだだけで、俺の反応はクロムに伝わる。 クロムの興味が装飾品の具合から俺の反応へと移ってしまった。 「気に入ったみたいですね」 「そんなこと……」 「おや、いけませんでしたか?では、さらにどう改良すべきか、ご教授いただけるとうれしいのですが……」 俺は無言で目をそらす。 けれど、クロムは俺のそんな反応すら嬉しいようだ。 「師匠……とても素敵です」 指先で軽くリングを弾かれながら口づけられ、さらに何も言えなくなる。 ふ…ふ……と、我慢しても漏れる息が恥ずかしい。 今度は間近でリングを眺められる。 どうにも恥ずかしくてたまらず目を瞑った。 そのままリングごとチュッと吸われ、甘噛みされてしまう。 「ぅぁあ……んっんぁ……」 三日連続でニップルリングの改良具合を試され、最初の日は全く反応を示さなかった俺の乳首も、もう簡単に快感を拾うようになってしまっていた。 ゆるく噛んで引っ張られると、ジュンと潤むような熱が全身を突き抜け走る。 胸を弄ばれているのに、隠微(いんび)な熱を増幅させるように自身の足を摺り合わせていた。

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