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第22話
汗を吸い込んだシーツから、身体を動かせない。
まだ白んだ頭に媚びを含んだ自分の甘やかな声とクロムの息づかいが響いているようだ。
俺なんかがあんな甘えた声をあげても、気持ちが悪いだけだと思う。
なのにクロムはもっと聞きたいと言って、ことさらにあんな……声が止まらなくなるような事ばかり……。
ダメだ。
思い出すと、またクロムの居たところがキュッキュと動いてしまう。
……恥ずかしい。
俺は腕を動かすのもだるく、まだ裸のままだが、クロムは下だけ着衣 し何かをしている。
クロムが革張りのケースを手にしたのを見て、俺は反射的に半身を引いた。
俺の気配にクロムが少し困ったように眉を下げる。
「大丈夫。あんなに睦み合った後です。今さらサソラに無粋な金属を埋め込もうなど考えてはおりません」
ホッと肩をおろした俺に、クロムがケースの中の物を見せた。
それは腕輪だった。
ややしっかりとした造りの男性用の幅広の腕輪で、上下につや出しをし、その間が緩やかな曲線を描く透かし彫りになっている。
透かし彫りの部分は良く見ないとわからないが、曲線の中に蝶が隠されていた。
「これは……?」
「私が『シロガネ』に弟子入りするまでの間、何年もかけて作った腕輪です」
言われて良く見てみれば、腕輪の円も全体の幅も、俺の目ならばすぐわかる程度にひずんでいた。
しかしこれを完全に独学で作ったとすれば、かなりの力作と言えるだろう。
そして、クロムはケースからもう一つ取り出した。
先ほどと全く同じ、蝶の透かし彫りをあしらった腕輪だ。
それをかちゃりと俺の腕にはめた。
「こちらは弟子入りした後に作った腕輪です」
まだ拙くはあるが、ひずみはかなり少なくなり、仕上がりも格段に良くなっていた。
「私のこれまでの修行の成果です。これを今日、貴方に見せたかったのです」
「………そうか。うん」
言葉ではそれだけしか言えなかったが、俺は弟子の成長に感動していた。
弟子入り前の作と比べ格段に良くなっているのは当然だが、以前居た工房でクロムと同程度修行をした弟子たちと比べてもなかなかの腕だと言える。
しかも俺の技術を取り入れながら、俺の真似ではないクロムらしい腕輪に仕上がっていた。
「その………今日は…私の誕生日なのです」
「……今日、誕生日なのか?」
「はい」
少し照れたように笑う。
俺は十歳で修業に出て以来、誕生日を祝ったことが無かったため、クロムの誕生日というものにまったく頭がまわらなかった。
「師匠に私の成長を見て頂こうと思って、この日にあわせて作りました。ですから、それを受け取って頂けませんか?」
クロムの言葉に少し驚いた。
しかし師匠として、こんなうれしい贈り物はない。
細かく見ていけば拙いところばかりだが、それがクロムのこれからの課題を知らせてくれる。
「来年もまた、何か作ったものを贈りたいのですが受け取って頂けますか?」
おかしな予約に思わず笑みがこぼれた。
「もちろん。一年後のクロムの成長が見れるのを楽しみにしている」
「再来年も、そのまた次の年も……贈りたいのですが」
「ふふ……それは、楽しみだな」
そう言った俺をクロムが強く抱いた。
「その先も……またその先も。いつまでもずっと貴方の側にいて……贈り続けて……いいですか?」
熱っぽい目にどきりとした。
けれど、そんなすがるような声など出さなくていい。
クロムが弟子入りのために押しかけて来た時のように、俺に拒むなどという選択肢を与えてくれなくていいんだ。
クロムにずっと側に居てほしいなど、俺はそう簡単には口に出来ない。
だから、俺が何も言えなくても、そばに居てくれなくては困るのだ。
俺を抱きしめるクロムの背中をなでる。
「俺の部屋の棚がクロムの作品で埋まり、新しい棚を据え付ける日が楽しみだな」
「っ……」
クロムの唇が俺の唇をなぞる。
そして、深く口づけられる。
それに応えるように俺は自分からそっと舌を絡めた。
背中をなでながらも少し温度差を感じ、やわやわとクロムの欲情を抑えるよう優しくふれる。
そんな俺の気配を察知し、クロムもどうにか自分を抑えようとしてくれている。
「しかし誕生日なら贈り物をされるのはクロムの方だろう。何も知らなかったから用意がないんだが」
「……それは、もういただきました」
しかし俺は何も贈ってはいない。
クロムの言葉に頭を巡らせ、はたと気づいた。
だから今日、クロムは急にデートなどと言い出したのか。
俺とああやって過ごす特別な一日を、贈り物だと思ってくれているんだろう。
自然と笑みがこぼれた。
「そうか。その……俺もああいった事は初めてだったが……案外いいものだな」
「サソラにそんな風に言って頂けるなんて……うれしいです」
大げさなまでに感動の表情を浮かべ、クロムが喜ぶ。
「ほとんど俺の方が楽しませてもらったようなものだ。……その、誕生日でなくとも、たまにはああいったことをするのもいいかもしれない」
「……っ本当ですか!?」
俺がこんな事を言い出すのが、そんなに意外なのか。思わず苦笑いが出た。
「特に……最後の……あそこは良かった」
クロムの予約したレストランは本当に美味しかった。
煮込んだ肉は口の中でほろほろとほどけ、風味も最高だった。
思い出しただけでうっとりとしてしまう。
「気に入っていただけてうれしいです」
クロムが少し涙ぐんでいるように見えた。
「また、一緒にいこう」
「サソラ………!!」
感極まったように強く抱きしめられる。
「クロム……少し大げさじゃないか?」
「そんな事ありません!今日は人生最良の日です。サソラが……アソコが良かっただとか、一緒にイこうとおっしゃってくださるなんて!私も、本当に最高でした。舌触りだけではなく、貴方の悦ぶ表情まで全てが最高です。何度でも味わいたいし、何度も共にイって欲しい」
クロムはあの店になにか思い出でもあるんだろうか。
こんなに喜ぶのなら、また近いうちに一緒に行ってみるのもいいかもしれない。
「あこそには、そんなに思い入れが……?」
「もちろんです!ずっとふれることなど叶わないと思っていました。けれど、今日やっと、余すとこなく味わい、貴方とともにイくことが出来ました。こんな幸せなことはありません」
「……そうか、他にもまだ共にしたい事や行きたい場所があるなら教えてくれ」
「本当ですか!? ……たくさん……貴方と共にしたいコトがたくさんあります。貴方がイクところ……ああ、だめです。これ以上私に想像させないでください。幸せ過ぎて壊れてしまいそうだ」
クロムが嬉しそうに俺の肩に顔を擦付ける。
クロムは想像させるなというが……。
これまで行ってみたいと思ったことすら無かった王都の名所や風光明媚な土地へ、クロムと共に赴く。
きっと、素晴らしい経験ができる違いない。
俺の生まれた村の側に、美しい滝もあった。
しぶきに輝く光の中、爽やかな風になぞられクロムが俺を振り返って美しく微笑む。
そんな幸せな情景が、現実味を持って想像できた。
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