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番外編:師に習う
14話と15話の間くらいのお話です。浮かれクロム
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道具の手入れをしていたクロムが珍しく俺に仕上げを頼んできた。
それは仕事で使う道具ではなく、日常使う道具だった。
日常使う道具と言っても、そう手入れが必要なものではない。
自分でやった調整で良かったのかを見てほしいという事と、さらに精度を上げて欲しいという頼みのようだった。
品は毛抜きだ。
クロムの持ち物なので安いものではないが、だからと言って名品というわけでもない。
ぱっと見はズレもなく、かなりの精度で綺麗に先が合わさっている。
あとは、目では分かりにくいくらいかすかな先端のガサつきを平らにすれば、安定感のある使い心地になるだろう。
とはいえ俺もこういった道具の仕上げは専門外だ。
一応クロムの調整の状態を確認する為、腕の毛を二本ほど抜いてみた。
チクリとはするが、キッチリ抜ける。
悪くはない。
クロムが覗き込んでくるので、悪戯にクロムの腕の毛もちょっと抜いてみた。
「たっ……!」
小さく声をあげて抜かれた部分を手でさすっている。
そんなにするほど痛くないだろうとは思うけど、急に人に腕の毛を抜かれれば、そんな反応になるのもわかる。
仕上げ用のヤスリを選んでシュシュ……と軽くこすった。
細やかな作業なので、道具の選び方とやりすぎないことが大切だ。
ほんの少しあたっただけだが、きっとこれでいいはず。
改めて自分の腕の毛を抜いてみる。
格段に安定感が増して、痛みも減った。
またクロムの腕の毛を抜く。
「あ……チクッとする程度で、ほとんど痛くないですね!!」
大した手間をかけてはいないが、その仕上がりの差に目を丸くして、自分でもさらに二本抜いて確認をしていた。
「道具の選び方は大切だ」
そう言う俺にニコリと笑ってクロムが頷いた。
◇
師匠に道具の調整について教わった。
加減と調整のための道具選びが大切だということは、それまでも何度も聞いてきたことであったし、しっかり頭に入れていたけれど、今回は普段の仕事の道具ではない。
『毛抜き』の仕上げだったからこそ、実際に身を以てその差を『体感』できたのは大きかった。
道具の整備だろうが、彫金だろうが、とにかく加減の見極めが大切だという事を改めて胸に刻んだ。
ならば、この道具をどういう状況で使うか。
そこにも気を遣った方がいいだろう。
バスタブに発汗作用のある入浴剤を入れた。
オレンジがかった色も綺麗で薫りもいい。
最近は師匠もこうやって入浴剤を入れれば湯につかりリラックスしてくれるが、最初は入浴剤というものを知らなかったらしく、入浴剤入りの湯を見て、わざわざまた服を着たのち、
「湯に色がついている……なにか香水みたいなものも混じっているけど、これは何かに使うのか?」
なんて可愛らしいことを聞きにきた。
師匠はやや痩せ過ぎで、骨張ったところが茶色くあざのようになりカサついていたから、それを改善するために薬湯のようにしているのだと説明すれば、なるほどと納得していた。
実際それで、かなり肌の状態は良くなっている。
仕事で汗をかくので、発汗を促す入浴剤は本来なら必要はないが、今日は目的があってその入浴剤を選んだ。
私は師匠が手料理によって肉付きが良くなっていくのにたまらない喜びを感じている。
栄養バランスが改善したことによって、骨にはりつくようだった筋肉が甘美な丸みを持ってきた。
入浴で身体を洗うときも、尖った骨を気遣うこともほとんどなくなった。
足もそれなりに筋肉はついているが、やはり肩から背中、そして胸の、細いのにしっかりと主張をする筋肉が素晴らしい。
背中や腕は毎日のようにふれているが、胸だけは嫌がってなかなかさわらせてもらえない。
べつに官能を高めるようにさわるわけではない。
骨の浮いていた胸に張りと弾力が出てきたのを確認したいだけなのだ。
胸の小さな尖りを口に含み舌で愛撫させてくれと言っているわけでもないのに、師匠がなぜここまで嫌がるのか不思議に思っていた。
けれど、先日ようやくその理由を教えてくれた。
その理由は、私には少々理解しがたいものだった。
「だから……胸毛が恥ずかしいんだ。薄らとまばらに生えいて、みっともないだろう。だから肉付きの確認は……さわらなくてもわかるはずだ。こんなふうにさわるのはやめてほしいんだ」
恥ずかしそうに言う師匠は、もう、たまらなく愛らしかった。
私の行動をいさめるつもりだろうに、欲情をかきたてるような素振りをしてしまう師匠。
その無自覚さを目の当たりにし、そんな貴方の態度が私を猛らせるのだと、羞恥を煽りながら胸を嬲 り、追いつめてしまいそうになるのを必死でこらえた。
……いや、多少こらえてはいた。
とりあえず、師匠を困らせはしたが想像の五割程度でおさめた。
しかし、師匠が胸にさわられる事を嫌がる理由が、まさかチャームポイントにもなっている胸毛だとは思わなかった。
愛らしい要素だとは思うが、師匠にふれるための障害になるなら止むを得ない。
……障害は排除するのみだ。
最近は断られがちだが、入浴中の師匠のもとヘ行き、遠慮深いその手を押さえ込むようにして赤く色づいたその甘美な肉体を洗う。
師匠が拒むのをやめ、ちょっと恥ずかしそうに私の手を受け入れるこの瞬間がたまらなく好きだ。
洗う前後の薫りを嗅ぎ比べるのは、自分へのご褒美の一つでもある。
師匠の汗の匂いも、洗い上がりの爽やかな薫りもどちらも好きだ。
このまま全身舐め尽くしたいところだが、それをしてしまうと、もう浴室に入れてもらえなくなるかもしれないので想像だけで満足をする。
……けれど…いつか……。
ここで私は師匠に最終調整をしてもらった毛抜きを取り出した。
チクッとする程度で痛くないことは師匠自身がよくわかっているから大丈夫だろう。
入浴剤で毛穴もしっかり広がっているはずだ。
それに多少痛みがあったとしても、顔をしかめる師匠も色っぽいに違いない。
さあ、
私と師匠のふれ合いを邪魔する者達よ。
いさぎよく排水溝へと…去れ…………!
《終》
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