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第3話 ジャックダニエル

「そっか、それは後輩くん逃げたね」 「でしょう。俺、あいつの尻拭い何回してきたんだろう」 「でも、後輩くんは運がいいね」 「そうですか?」 「だって、砂川さんって言ういい先輩がいるから」 何言ってんだか、とご機嫌に酒を飲む。 どこのおやじだ。 でも、今日のイライラがすーっと消えていくのがわかる。 最初こそ警戒していたが、蒼井は人との距離を取るのが上手で あっという間に警戒がほぐれてしまった。 いつの間にか俺も自己紹介してるし、どんなタイミングで言ったのか、 気がついたらぺろっと名前を言っていた。 見えない。とよく言われるが俺は人見知りだ。 結構警戒心も強い。 初対面の人に今日の愚痴を話した、なんて同期の中で一番仲がいい吉岡が聞いたら驚愕するだろう。 「お前どうした、明日台風か!」って。 三杯目の酒を飲みきり、同じので!とおかわりを頼む。 はーい、と返事と同時に動きまたすぐに三杯目が目の前に置かれた。 ジャックダニエルはウイスキーの種類で、これが置いてある店では必ずジャックダニエルを頼む。 他のものに冒険しないっていうヘタレな部分が大幅を占めているけど。 初めて好きになった男が、好きだった酒だからってのも少しある。 誰にも気づかれず、誰にも言わずにしまいこんだ恋。 結局、進むことも下がることもなく、ただ過ぎ去るのを待つだけの恋だった。 あいつが転職で他県に引っ越してもう5年になる。 深く人を想ったのはあれが最初で最後だったな。 ジャックダニエルを置いてる店で飲んだのが久しぶりだったからか、 今日はやけにあいつを思い出す。 「砂川さん大丈夫ですか?」 あいつのことを思いふけっていたら、また上から声がした。 ふと目線をあげるとイケメンが心配そうに俺を観ていた。 「あー大丈夫です。」 「酔っちゃいました?」 いやいや、と手を横に振りふふっと笑った。 言葉にするといけない気がする。 完全に吹っ切れたと思っていても、たまにふっと出てくるから 叶わなかった片想いは厄介だ。 それから次の恋でもしていれば違うんだろうけど、あいつが好きだと気づいたときから 女の人にときめいたり、したいとも思わなくなった。 かと言って、男の人にときめくことの無いし、したいなんて滅相もない。 もう何年も恋してないし付き合ってない。 付き合う気もないし、恋ができるとも思えない。 「厄介なこと思い出しただけですよ。」 「片想いしていた相手とか?」 ドキッとした。 ズバリ正解だったから、心臓を思いっきりわしづかみされたような感覚。 つい、正解です!と言わんばかりの態度を取ってしまった。 ああ、絶対バレた。 蒼井はきっと気づいたはず。 もう、ここ来れないな。 そう思った時、少し残念に感じてる自分に少し驚いた。

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