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第6話 わかりやすい男
【蒼井響一の場合2】
スーツの男は、凄くうまそうにタバコを吸った。
ふぅー。
白い煙がその男の周りに漂って消えた。
よく観たら、目鼻立ちがはっきりしてモテそうな人だ。軽くアゴに無精髭が生えている。
汚い髭があまり好きではないが、この人はそんな髭も可愛く見えた。
もしかしたら年齢は俺より上かもしれないが、見た目はとても少年のように若かった。
なんとなく雰囲気で厄介な人に好かれて苦労が絶えないんだろうなと思った。
目の前の彼も気づかれないように観察をした。
その男をみながら、いつでもドリンクが出せるようにグラスを用意する。
その人はメニューを見てジャックダニエルの水割りを注文した。
ジャックダニエルは俺も好きな酒だ、でも水割りじゃなくてロックで飲んで欲しい。
この人はなんとなくロックが似合いそうだ。
流れるようにドリンクを作り、さっと目の前に出す。
「お待たせしました」
この人の名前が知りたい、初めてあったのにとても落ち着く。
他愛もない話しかしていない、でも俺はこの人に興味を持っている。
そんな気持ちとは裏腹に、この人は俺に警戒していた。
きっと、そうは見えないけど結構な人見知りだろう。
飲み屋での接客力をすべて出し切ってでも仲良くなりたいと思っている自分に驚きだ。
彼を困らせてみたい、そう思って唐突に自分の名前を言ってみた。
店長って呼ばれるの嫌なのでってね、いや好きでもない人に名前呼ばれる方が嫌いなんだけど。
飲み屋でいきなり店員が名前を言ったら、引くだろ、俺なら嫌だ。
でも、彼はとても困惑しながらも、薄く笑って流してくれた。
「ちなみに俺は砂川です。俺が名前で呼ぶなら、蒼井さんも俺のこと名前でどうぞ。」だって。
ああ、やっぱりこの人は優しくて厄介な人に好かれて苦労する人だ。
そこから今日あった愚痴を聞いた。
だめな後輩の尻拭いをしたくせに、その後輩のことを無意識に庇っていた。
そんなダメなやつほっておけばいいのに。
笑いながら聞いていたが、砂川を苦しめた後輩にムカついた。
砂川はゆっくりお酒を飲んで、きれいな指でタバコを吸った。
自分のペースで飲みたくなったのか話しかけないでオーラが出ている。
初めてあって、まだ数時間しか経ってないのに昔からの幼馴染のように気持ちが手に取るようにわかった。
これはなんだろう、初めてのことだ。
あまり話しかけてほしくなさそうなので、俺もあまり視線も送らないようにして水のピッチャーの氷を補充してみたり、グラスを拭いたりした。
程よく酔ってきたのか、軽く前のめりになりながらグラスを軽く揺らして氷の音をカラカラ鳴らしている。
ちらっと砂川をみるとドキッとするほど色気が漂っていた。
あれ、酔うとエロくなる人か?
またお酒を一口飲んで、軽く息を吐く。視線はどこか遠くを観ていて、切なげ。
これは違う何かに思いふけっているときの顔だ。
「砂川さん大丈夫ですか?」
「あー大丈夫です。」
「酔っちゃいました?」
いやいや、と手を横にふって笑っていたが程よく酔っているんだろう。
目が少し赤く潤んでいる。
「厄介なこと思い出しただけですよ。」
「片想いしていた相手とか?」
冗談のように言ったのに、砂川はカラダを強張らせ、はっとした顔をした。
正解だった。
何だこの人は、よく今日まで無事に行きてこれたな。
そう想うくらい純粋な壊れやすいガラスに見えた。
本人も気づいていないくらい小さく震え、もうここに来れない、そう思っているに違いない。
今日だけなんで絶対に嫌だ。
気にもとめていませんよ、と軽いトーンで「片想いって厄介ですもん。」と笑ってみせた。
まだ、ダメだ。
「しかも、砂川さんってうちに閉じ込めるタイプでしょ!相手に悪いと思うと自分の感情さえ押し込めて我慢しちゃいそう!」
だーかーらー!
と、うつむいた頭に向かって
「ね!今日は吐き出しちゃいましょ!!」
吐き出してそんなエロい顔して思い出すやつのことなんが忘れてしまえばいい。
閉店に見えるようにしてあった照明を完全に消しクローズの看板も出した。
夜はまだ長い。
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