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第7話 動く
【蒼井響一の場合3】
泣くと思った、どれだけ自分が悲しくて辛いかさめざめ語るのかなと。
そうだったらとても嫌だとも。
今までの人はそうだった、いいなと思ってもそういう態度をとられるとさーっという音が聞こえるほど冷めてしまう。
そうだ、俺は人を好きになったこともあった。それでもすぐに思い出せなかったのはそいつが自分がどれだけ大変でかわいそうか語ったからだった。
「我慢ね、うーん特にしてないし。吐き出すと言ってもね、特に無いんだよね」
濃い目の酒をくれ!と意気込んでいたのに、話をする空気になった瞬間、静かになった。
「ただ同僚を好きになって、何も出来ず終わっただけなんだ」
「その同僚さんはまだ会社にいるの?」
「いないよ、数年前に転職して地方に行っちゃったし」
砂川は切なそうな表情で笑い、何本目かのタバコに火をつけている。
「じゃあ、もう連絡とってないんだ。」
「いや、まだ連絡は取ってるよ。と、いうか仲良かったしたまにあっちから連絡がくるんだ」
「自分からはしてないの?」
まあね、とタバコを深く吸い込んでいる。最初の頃より苦しそうな吸い方。
「それ、その人砂川さんのこと好きなんじゃない?好きじゃないと連絡しないでしょ」
「好かれて入ると想うけど、俺とは違う好意だよ」
「どうして?どうしてそんなことがわかる?わからないよ。」
目を閉じ、 肩に力が入ってぱっと俺の目を見ながら今までで 1番強い声色で
「わかるよ、だってそいつ男だし。そいつの片想いしてる女性も知っている」
深くタバコを吸い込んで煙を吐き出し、半分くらい残っていた酒を飲み干した。
砂川は、かなり酔っている。
身体が軽く揺れて、少し眠そうだが!
きっと嘘は一つもないだろう。
「ごめん。引きましたよね。もう来ないから許してね。そんで、もう一杯濃いめください。」
俯いていたので表情が読み取れないが、あまりに悲しそうな声に心が揺さぶられた。
新しくグラスを取り出し、濃いめの水割りを2つ作る。
2つ作っていることさえ気づかないくらい酔っている砂川の隣の席に座った。
「え、なんで隣にきた?」
眉間にしわを寄せ、最大限に警戒を露わにしている。
そんな砂川をじっと見つめた。困惑しながら砂川もじっとこっちを見ている、というより睨んでいた。
視線を目から口に移し、また目を見る。
酔いのせいで目がトロンとしている砂川は怪訝そうにしたが動かない。
また口をみて静かに顔を近づける。
あと3センチ程でお互いの口が触れ合う、というところで砂川がびくっと顔をそむけた。
「なに?」
「ん?キスしようと思って」
砂川が頭を後ろにそらし、いやそうじゃなくて!と机を叩いた。
「俺が男を好きになったからキスできると思った?バカにしてんのかよ!」
好きな声が、荒ぶっている。
「違うよ」
何が違うんだよ、きつく拳を握って睨みつけている。
「もう来ないっていうから」
「は?」
「もう会えないかと思ったら、凄く嫌だった」
え、いや、は?
「砂川さんは同僚が好きなだけでゲイじゃないのはわかるんだけど、俺はもう二度と会えないのは嫌だ」
真剣に言った、潤んだ瞳を見つめながら出来るだけ心を込めるようにして。甘い言葉なんて俺の中にあったんだな。
初対面の人にどんだけ揺さぶられているのか、情けない。
砂川の力が抜けたのがわかった。
また砂川を見つめ、顔を近づけ軽く唇が触れた。
中学生がするような軽い軽いキス。
それだけなのに、ビリっとした。
顔をゆっくり離し恐る恐る砂川の顔をのぞき込む。
頬が赤らみ、困惑しながらも瞳が色っぽい、
俺の身体が熱くなる、頭の中で声がする、心のままに動け!
一瞬躊躇したが、優しく頬を撫で今度は激しく深いキスをした。
唇をやらしく舐め激しく唇を吸った。
砂川の身体が硬直して口をキツく閉じている。
構うことなく唇を吸い、息をするために軽く空いた口の中に舌をねじ込んだ。
「ん、んん。」吐息に色気が溢れている。
砂川は力が抜けてしまい、がくっと机に肘をつく。睨んでいるが、とても色っぽく煽られているようだ。
酔ったせいにすればいい、覚えてないと言っても構わない。
このキスが砂川に刻まれればいいのにと、心底思った。
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