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第9話 動き出した時間
日が落ちて周りが暗くなってきた5時前くらい。
二日酔いも落ち着き静かにパソコンをいじっていたら、いきなりスマホが光った。
画面を見て、着信の相手の名前に一瞬動揺したが、息を整えてから通話ボタンを押す。
「はい。」
「あー砂ちゃん?元気ー?」
弾んだ声を出して相変わらず人懐っこい犬のように絡んでくる。
「なんだよ、どうした?」
「いやー久しぶりに話したいと思ったわけ!今日は仕事休み?」
まぁな、と答えたあとまずいと思った。こいつが電話してくる時は何かあってかまって欲しい時だ。
休みなんて言ったらどんだけ長電話してくるかわからない。
「よかったー!ねぇねぇ今から飲みにいこうぜ!」
思いがけない誘いに言葉がつまる。
転職してから地方にいて、しかも土曜日はたいてい仕事のはずだが。
「ちょっと色々あって有給使ってこっちに戻ってるんだ。折角だし久しぶりに砂ちゃんと飲みたいから電話した。」
「なるほどな、吉岡にも電話してみるか」
いやいやいや!と声がして電話越しでも大げさに手を振ってるのが目に浮かんだ。
「砂ちゃんと二人で飲みたいの!!吉岡うるせーんだもん。」
胸がズキンと大きな音がして痛んだ。
困る、二人は困る。
「は?いや、吉岡もお前に会いたがってたぞ」
動揺を必至に隠し、吉岡泣くぞーと笑った。
「そうなの?じゃあ、しょうがない誘ってやるか!」
わざと残念そうな声に、はははと笑ったが、俺は二人きりじゃないことに心底ほっとした。
去年、皆で飲んだきりだ。1年ぶりが二人きりなんて想像しただけで怖い。
「俺から誘っとくよ、お前だと信用出来ないからな。誘ったって嘘をつきそうで吉岡が不憫だ」
「バレたか」
じゃあな、と電話を切ったあと手が濡れているのに気がついた。
緊張で手汗がひどい、人懐っこい所も好きだったが、好きだと気づいてからはその人懐っこさが俺の心を追い詰めていた。
ふぅーっと深く息を吐き、テーブルに置いてあるタバコを取り出し火をつける。
落ち着くためにゆっくり吸い込んで煙を吐く。
煙に包まれる部屋、ふっと蒼井の指を思い出した。タバコの吸っている指綺麗だったな。
急激に動かされた心はもうお手上げと言わんばかりに激しく動いて苦しくなった。
一本吸い終わった後に、吉岡に電話をかける。
「はいはいはーい!どうした?」
力の抜ける声がして、張り詰めていた気持ちが緩む。
「急にごめんな、さっきテツから電話がかかってきてさこっちに戻ってきてるんだって。」
「マジかよー!じゃあ飲み行こうぜ!よかった、俺急にドタキャンくらって暇だったんだよね。」
よし!とガッツポーズをとる。
期待に応える男、吉岡良樹(よしおかよしき)。
助かったー。
「どこで飲む?久しぶりに鳥吉いく?焼き鳥くいてー!」
「いいね、軟骨食べよう。」
「砂ってゴリゴリしてるやつ好きな、いつか奥歯すり減って無くなるぞ」
「ほっとけ、じゃあ時間は1時間後でいいか?」
「オッケー!俺からテツに電話しとくよ」
頼んだ、と吉岡に感謝して電話を切った。
スマホをソファに雑に投げ、床に横たわる。
ちょうど目線の先に壁かけの時計が見えた。
カチカチ針が動いている、俺の中の止まった時計も動き出したような気持ちになった。
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