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第17話 落ちた

【蒼井響一の場合】 朝になる前に帰るつもりだったのに、全てが終わって時計を見るともう4時過ぎていた。 そんなに経っていたのか。 今までのセックスは欲求を満たすためだけのお互いぶつけ合うセックスだった。 自分の欲求よりも気持ちよくさせたい、と相手のことばかり考えていた自分に驚くばかり。 熱いモノを出した後、砂川は俺が一人でこすっているのをじっと見ていた。 俺の顔をじっと、どういう気持だったのだろう。 視線が熱くてビリビリきた。 俺がハテた後も視線を動かさない砂川がキラキラ光って見えたんだ。 「砂川さん、下の名前なんていうの?」 砂川の身体を綺麗に拭きながら聞いた、そういえば聞いていなかったな。 「奏(かなで)」 かすれた声がぞくぞくとさせる、そんなに声がかすれるまで喘いだの? 「奏ってよんでもいい?」 「ダメ、女みたいな名前だから他のやつも全員名字で呼ばせてる」 拭き終わり砂川の横にゴロンと寝そべった 「じゃあ、かなちゃんって呼ぶね」 いやだからさ、と笑いながらやめろや!と言った。 「かなちゃんも俺のこと響一って呼んでいいよ。」 「やめないのか、まぁいっか。」 砂川の大きな目がとても細く、とろんとしていて眠そうだ。 「寝る前に携帯貸して」 「・・・そこにあるから」 砂川は力尽きたように一瞬で眠りについた。 こんなに簡単に携帯を渡すなんて無防備な人だ。 砂川の携帯で俺に電話し、両方の携帯のLINEも登録しておいた。 お酒の勢いだったとはいえ、忘れていない事を心底祈る。 すぅーと眠りについた砂川の頬を指で撫で、しばらく寝顔を見ていた。 愛しい、という感情が溢れ、戸惑ってしまう。 「恋はするもんじゃない、気がついたら落ちて、落ちたらもう自分じゃ登ることが出来ないんだよ。 きっと、アオも落ちてオロオロする日がくるよ!ハハハそんなアオをみてみたいもんだ!」 陽気な男で、よくからかうような事を言っていた。 ヨシキとはウマが合い、よく自分の話をした。 お互いやりたくなった時だけ会っていたが、ある時ヨシキから「恋に落ちた」と相談を受けた。 「嘘みたいだけど、マジでラブソングが頭の中で流れたんだせ。チャラーンって」 ヨシキ、あの時は涙が出るほど笑ってごめんな。 今ならわかる、俺は砂川が光ってみえたよ。 「このまま友達として連絡とっていたいけど、アオとセフレだってバレてるからあいつが心配するんだ。ごめん、もう連絡できない」 恋が成就してヨシキとはセフレは解消した後も、友達として連絡をとっていたがそれも出来なくなってしばらく経つな。 ヨシキ、俺落ちてしまったよ。どうしたらいい? この満たされたような感情が怖い、こんな幸せな雰囲気を知ったら、一人に戻れない。 あの女のように、俺の前から姿を消したら。 「本当は顔を見るのが辛かったの、やっと幸せになれるわ」あの女の声がする。 私には響一しかいない、私を守ってね、と呪文のように俺に刷り込んでいたのに、あっさり俺を捨てた母の声。 砂川の寝息は規則正しく、心地よくスースーと子供のように寝ている。 「かわいいな」小さく呟き、泣いていることに気がつく。 もう、傷つくのは嫌だ。でも、この人を失いたくない。 俺、オロオロしてるよ。ヨシキ見に来いよ、そして教えてくれて!どうしたらいいのか。 静かに流れた涙は、そのあとも止まること無く流れ続けた。

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