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第23話 無防備になってしまう部屋

【蒼井響一の場合】 急いで店に帰ると、店内はカップル客がいなくなっていたが新規で二人来ていた。 「レオ、ごめんな!遅くなった」 「走ってきたんすか?大丈夫でしたよ、ねー!俺も店もてるかな」 と、冗談をいいながら笑った。 いずれは本当に店を任せてもいいかな、とレオの冗談に笑いながらも砂川の事がどうしても気になってしまう。 そのあとの仕事は我ながら、わかり易すぎるほどそわそわした。 時計ばかり見て、携帯を開いては【風邪、看病、差し入れ】などと検索をかけた。 平日なのもあって、1時前に最後のお客は帰って行った。 レオにはチョコやら好きな豆乳などを渡し、早めに帰らせた。 「またいつでも良いっすからね」 帰り際そう言って、お疲れしたーと含んだそうな笑いを残し帰った。 いつでも帰れるように準備をして2時少し前に店を閉め、少し離れた24時間やっているドラッグストアに向かう。 近くにあってよかった、風邪薬と冷却シート、スポーツ飲料、ポンポンとカゴに放り投げ食べのものコーナーに向かった。 風邪のときは食べやすいゼリーがおすすめ、と検索したページに合ったのでゼリーを手にしたが砂川の好みがわからない。 もういいや、とそこにあった3種類の味すべてかごに入れレトルトのお粥も3種類入れた。 結構な量になったが、まだ足りないんじゃないかと店内をフラフラ歩いた。 できるだけ音を立てないようにそうっと鍵を開けた。 薄暗い部屋に入ると、荒い呼吸が聞こえてくる。ベッドに向かうと汗でびっしょり濡れた額に、赤らんだ顔、寝息というより苦しそうな呼吸。 良くなっていない、むしろ悪化していないか? そっと頬に触れると、ん?と荒い呼吸が落ち着き、俺の冷たい手に擦り寄ってきた。 あぁ、戻ってきてよかった。 ゆっくり、壊れやすいガラス細工を触るように丁寧に頬を撫でる。 すぅ、と寝息が柔らかく落ち着いたようにみえる。 ほっとして、ソファに座り目を閉じて砂川の寝息を聞いてみる。 この部屋にいると、いや砂川の近くにいると着飾れない無防備な自分が現れてしまう。 鉄壁の見えない壁を作っていた今までがウソのように柔らかく感じる。 俺は薄い眠りにゆっくりゆっくり落ちていった。 人がいるのに、眠りにつくなんて・・・ どれくらい経ったのか、ガサガサ音がして気がついた。 ベッドの方をみると砂川が起きている、呼吸も落ち着いているがまだ顔が赤い。 起きた?と言いながら砂川に近づきおでこに触れた。 ああ、まだ熱い。熱は下がっていないな。 「いや、なんでここにいるんだ?は?昨日帰らなかったのか?」 砂川は怒ったように低い声で睨みながら言った。 やっぱり仕事に行って正解だったな。 「あの後すぐに帰ったよ。」 「じゃあなんでここにいる?」 興奮したのかどんどん顔が赤くなっていることに俺はヒヤヒヤした。 怒ってもいいけど治ってからにしてくれ、説教でも拳の鉄槌でもなんでも受けるから。 俺は砂川をなだめ、流しながら買ってきたおかゆとゼリーをみせどっちがいい?ときく。 「・・・ゼリー」 憮然としつつ、笑顔が隠しきれてない口元が可愛くてぞくっとした。 「オッケー!好きな味がわからないから3つ買ってきた。葡萄とイチゴとみかん、どれがいい?」 3つもかよ、っと鼻で笑いみかん、と指を指してゆっくり口に運んでいた。 あまり食欲はなさそうだけど、口にしてくれたので薬も飲んでくれた。 驚くことに、こんなにも明らかに熱があって働ける状態ではないのに、仕事に行くと言い出した。無理に引き止めても無駄だと思ったので、いちを計って!と、買ってきた体温計を渡す。 素直に受取り脇に挟んだ、すぐに計り終え砂川がみると、あ!と固まってすぐに渡された。 38.8度・・・ 「・・・休む」 「そうして」 休むと決めてからはテキパキと仕事が早かった、きっと今日は重要な何かがある日なんだろう。すぐ同僚に連絡を入れて、パソコンを開きカタカタやっていた。 もう少し、ここにいていいかな。 一通りやり終えた砂川は、アラームをセットしてベッドに倒れ込んだ。 「8時には会社に電話しないとな」と独り言のようにつぶやき俺をみる 「ありがとう、助かったよ。蒼井も疲れてるだろ、もう帰っていいぞ」 「響一だよ」 「そうだ、土曜の料金はいくらだった? 「響一だよ、きょ・う・い・ち」 意地でも響一と呼ばせたかった。 「いや、蒼井でいいだろう。それに店の常連でさえ名前じゃなくてマスターと言っていたぞ。」 呆れたように頭を掻いて、誰も名前で言ってねーけどと不満げだ。 それでも、何を言っても、きょういちだよ、きょ・う・い・ち!! と頑なに言い続けたら諦めてくれた。 「ありがとう、響一。」 ゾクッとした。お腹の下のあたりが痺れる。 よろしい!とふざけてみせたが、ふざけないと襲ってしまいたくなる。 帰れよ、と言いながらも頭を撫でる手を振りほどかない砂川が愛しくて、殴られるまでここにいようと決心してそっとベッドに潜り込み。 隅っこで横になった。

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