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第29話 花金3

「お会計でお願いします。」 一人になってから、二人の残った酒を飲みほしてお会計をお願いした。 「ありがとうございます。」 と渡された請求書には1万2千380円と書かれていた。 思ったよりは安い、吉岡がバカバカ高いものを頼もうとしていたので、もっと言っていると思った。 財布を取り出し、お金を払いお礼を言うとさっと外へ出た。 蒼井は接客中だったので会釈だけした。 結局、返事ができないまま、外へ出てしまうなんて意気地なしな自分。 トボトボと歩いていると、まってーと声がする。 振り返ると蒼井が小走りで近づいてくる。 「まってー忘れ物」 蒼井のほうを振り返り、申し訳ない!と蒼井を待った。 「すまん、わざわざ届けてくれて。」 ふぅーと息を整え蒼井はにっこり笑う。 「えっと、俺何を置いて行った?」 「違うよ、返事聞いてないから」 は? 「だから、今日仕事終わりにかなちゃんちいっていい?」 満面の笑みで、それきかないと残りの仕事頑張れないからね!とまた俺の肩に手を置いた。 さっきと違うのは、指でやさしく俺の肩を撫でするすると手のほうまで降りてきたこと。 その時身体の奥のほうでごーごーと言葉では説明できない感情があふれだしてくる。 もう、ごまかせない。 やっぱり俺は出会った。初めての感情ばかりだ。 恋はしたこともあるし、振ったことも降られたこともある。童貞でもないし、恋人でも執着なんてしたことない。 でも、蒼井と出会ってからのすべてが今までとは違う。 身体の奥底から溢れる感情、俺の中で響く心の声。抑えきれないほどの欲求。 彼がそうだ、運命と出会ったんだ。 運命なんて言葉にすればとても安っぽい、でも運命としか言いようがなかった。 「ダメだ、来るな」 「・・・やだ!行くよ」 蒼井の中でまさかの返事に動揺していたが、優しい指が俺を撫でる。 そのたび俺は叫びそうになるほど愛しくて、一刻も早く家に帰らなくてはこの感情がばれてしまうと焦ってその手を振りほどこうと試みたが、難しく。 両手を捕まれ、ダメでも、と続ける。 「ダメでも行くよ、ピンポンしまくる」 子供のように駄々をこねている蒼井を思いっきり甘やかしたい衝動にかられた。 「どうせ断ってもくるなら、聞くんじゃないよ」 精一杯のつよがりを言って、手をそっと離し 「あんまり遅いと寝るからな」 と言葉残して家に向かった。 盛大なうそだ、こんな気持ちのまま寝られるはずがない。 俺は求めている、俺の熱い感情が蒼井を強く求めていた。 痺れるようなキス、するする降りてくる唇。あの熱を帯びた唇、熱くたぎった蒼井の瞳。 まさか、こんなにも激しく誰かが欲しくなる日が来るなんて。 夜空にうっすら雲が見え、弱弱しい月の光が雲の裏で光っていた。 吉岡に言ったら笑うかな、砂~恋してんなーとか。 からかわれてもかまわないほど、一人で考えるには難しい問題だ。 とりあえず帰ったら、タバコを吸おう。 そう決心し、眩暈がする頭を何とか抑えながら歩きだした。

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