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第30話 恋に敗れた男の歌が響く時

チャイムが部屋に鳴り響く。 薄い膜が張ったようにすぐ壊れる睡眠の中にいた俺ははっと、起き上がり玄関に向かいドアを開けた。 「よかった、開けてくれた。」 そこにはお店にいた時よりも少年ぽい蒼井がいた。少し照れくさそうに笑い、気まずそうにも見えた。 「遅くにごめん。閉店間際に常連が来ちゃってこんな時間になっちゃった」 蒼井を部屋にあげてから時計を確認すると3時過ぎている。 「まぁ、適当に座れよ。お茶にするか、それとも酒か?」 「ビールある?」 「あるよ。」 冷蔵庫を開けビールを取り出しソファに座った蒼井に手渡した。 プシュッと音を鳴らし缶を開けるとごくごくと美味しそうに飲んでいる。 「あーうまい。」 かぁーーっなんて大げさなリアクションが可笑しくて、身体の力が抜ける。知らないうちに緊張していた。 蒼井はソファでくつろぎながら他愛もない話をする。 常連に丸井という細いヤツがいる事とか、レオくんは異常に歌が上手いけど喧嘩も強いこと。 初対面で顎にクリーンヒットさせてたぜ、と思い出し笑いを浮かべながら。 2本目のビールをひとくち飲んで蒼井が俺の顔をじっとみつめた。 「ヨシキの同僚だったんだね。驚いた。」 「な!俺も蒼井が吉岡の知り合いだって驚いたよ」 「響一ね!」 「あーはいはい。響一と吉岡っていつからの知り合いなんだ?」 「んー。数年前に、行きつけの店でね。」 そういうと蒼井はさりげなく話を変える。詳しく話したくないのかと心がざわつき、俺も酒を飲むことにした。 明け方3時の酒は身に染みる、どこか胸焼けしそうで今の気持ちに合っている。 「かなちゃんはヨシキと付き合い長いの?」 まぁな、と返事をして自分で作った薄いハイボールを口に含む。 ピリッとした空気を感じ、小さくiPodの音楽をランダムで流した。 「オススメのジャジーロックだぜ!!」 いえーいとテンション高くCDを押しつけてきた吉岡の顔が浮かぶ。 全くメジャーではないが渋くてメロディもかっこよくて今ではすっかりハマったバンドの曲が響いている。 「これ、スタッズじゃん!かっこいいよね」 もあっとした、きっと蒼井も吉岡にCD押し付けられたのか!と。 「渋いよな」 と、辛うじて答えタバコに火をつけた。 蒼井といるとタバコが吸いたくなる、このかっこいい顔を煙でぼやかしたくなる。 嫉妬した、なんて言葉にしたら蒼井はどんな顔するのか。 想像してみたが、上手く想像出来ず煙をゆっくり吐き出した。 ぼんやり部屋と蒼井が煙に包まれる。 「かなちゃんのタバコ吸ってる姿、エロいよね」 「は?」 「エロくて綺麗だ。」 「響一がエロくて綺麗だからそう見えるだけだろ」 スタッズの曲が流れている、恋に敗れた男の歌が。 蒼井は俺の顔をじっとみて、チラッと唇に視線を落とす。 ゾクゾクと身体が痺れ、蒼井の熱いキスを待ち望んだ。痺れるようなキスがしたい。 求めるような視線を送ってしまったが、蒼井はふと視線を戻しビールを飲んで、つまみある? ときく。 恋に敗れた男の歌は、俺の頭でうるさく鳴って繰り返す。 部屋ではもう違う歌が流れているのに。 蒼井が欲しい、あの痺れるキスが欲しい。 タバコがもてなくなるほど短くなり、最後の煙を吐き出した。 「お前のキスは誰よりもエロいよ」 「…我慢したのに、煽るんだもんな」 蒼井は俺のそばに近寄りキスをする。 ちゅっと音を鳴らした軽いキス。 軽いキスで俺はイッてしまいそうなほどの快楽が走った。 「エロいのはかなちゃんだよね。」 そう言うと深い深いキスをした。 口の中に舌が滑り込んで、丁寧に口の中を愛撫されているようなキス。 ふぅ、はぁ、はぁ、と吐息が漏れ、力が抜けて蒼井に寄りかかる。 我慢なんかしなくていいのに、寄り掛かりながら頭の中はこの後のことで占められた。 我慢なんかしなくていいのに。

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