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ケース1 小6男子(教師と生徒)
ハァッハァッッ
男の律動がより激しくなる。そろそろフィニィッシュを迎えるのだろう。
「あー、いい、そこっ、そこっっ…あっ…」
僕は、動画で見た喘ぎ声を真似て、切なそうに腰を振る。
――早くいけ、このハゲ。遅漏が。
僕の心の中の罵声が届いたのか、男は、「あっ」と呟くと、力を抜いて僕の上にかぶさってきた。加齢臭で覆われ、汗でヌルヌルした体が纏わりつく。あまりもの不快感に思わず息を止める。
一刻も早く、男と離れてシャワーを浴びたいがそうもいかない。態度が悪いとあの人の耳に入れられたくない。
コンコン
ドアがノックされる。やっと、時間だ。この男は2時間コースのくせに、3回もしやがった。
僕は、無言でとびっきりの笑顔を男に向ける。言葉は、一切交わしてはいけない。そういう約束になっている。
男は、「よっこらしょっ」と言いながら立ち上がると、床に散らばった衣服を手にとって寝室から出て行った。シャワーを浴びに行くのだろう。
隣から、ボソボソと話し声が聞こえる。耳を澄ますが、会話の内容は聞こえない。
僕は、震える自分の体を抱きしめると、そっと目を閉じた。
「寝ちゃった?」
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。優しく髪を撫でる仕草で目覚める。目の前には、大好きな先生の顔。「あっ」と思った時には、口腔を薄い舌で弄られた。先生の舌だ。そう思うだけで、僕の体の中が熱くなる。
「あの人、君の体がすごく良かったって褒めてたよ」
先生は、ニッコリと嬉しそうに僕の髪を撫でながら、うっとりする声で囁いた。
「明日も、よろしく頼むよ。また褒められたら、先生がご褒美をあげるね」
あいつに褒められてもちっとも嬉しくないが、先生が喜んでくれるのがうれしい。
先生は僕を風呂場に連れていった。そして、きれいに洗ってくれたあと、家まで送ってくれた。
「これ今日の夕飯。じゃあ、明日、学校で。ちゃんと宿題してくるんだよ」
そういって、コンビニ弁当を僕に渡し、車で走り去った。先生は、半年以上僕を抱いていない。
――あの人たちにいっぱい褒められたら、ご褒美で抱いてもらえるかな。
先生は、僕が5年2組の時の担任だった。6年生は持ち上がりなので今年も担任のまま。
先生と初めて寝たのは、5年生の大晦日の夜だった。
チャイムの音で玄関に出ると先生が立っていた。
「お母さんは?」
「……先週から帰ってきてない。彼氏と旅行に行くからしばらく帰らないって言ってた……多分、年が明けてしばらくしないと帰らないと思う」
僕の父親は、小さい頃に家を出て行ったきりで生きてるか死んでるかもわからない。母親は、彼氏ができると僕の存在を忘れた。
そんな僕の家庭環境を気にかけてくれたのが先生だった。学校で浮いた存在の僕に親切にしてくれた。学校がない長期休み中は、わざわざ様子を見に家まで来てくれた。僕は、そんな先生の厚意が嬉しかった。
「お正月に一人は寂しいだろう。先生のうちに来る?」
「先生の家族に悪いし、お母さん、今回は、お金を置いて行ってくれたから……当分一人でも大丈夫」
「先生の奥さんは、赤ちゃん産むために田舎に帰ってて、先生は家に一人だけなんだ。だから、君が一緒にいてくれると嬉しい。遠慮せずにおいで」
「……うん。じゃあ、先生の家に行く」
その夜、先生に初めて抱かれた。母親と彼氏のセックスを日常的にみていたせいか、知識は十分あった。でも、子供の自分が、しかも男同士でセックス出来るというのは驚きだった。
新学期が始まるまで、そのまま先生の家ですごし、毎日セックスした。
しばらくして、先生は新しく部屋を借りた。先生は、そこを「やり部屋」と呼んだ。
「この子、しっかり仕込んでるので楽しんでもらえると思いますよ」
ある日、やり部屋に行ったら、知らない男と先生がいた。
男は、ジロジロと僕のことを値踏みするようにじっとりと厭らしい目でみた。気持ち悪い視線に肌が粟立つ。
「かわいい子だね。本物の小学生? これは楽しめそう」
「感度も良好だし、こんな小学生は他にいないと思いますよ」
先生は、今まで聞いたことが無いような声色で男に愛想を振りまくと、僕の耳朶を甘噛みしながら男に聞こえないような小さな声で囁いた。
「しっかり奉仕するんだよ。君がちゃんとしないと先生が困るから」
僕は、その晩から知らない男たちに抱かれるようになった。そして、先生は僕を抱いてくれなくなった。どんなに懇願しても。
先生は、いつも寝室の外で男と僕のセックスが終わるのを待っていた。男たちが帰った後、優しく僕をお風呂に入れてくれる。男たちとの行為は苦痛だったけれど、先生に優しくしてもらいたくて僕は文句も言わずにセックスするようになった。
◇ ◆ ◇
先生が車で走り去るのを見送ったあと、僕は誰もいない部屋の電気をつけた。
母親は、もうとっくにどこかに出て行ったきり何か月も帰ってこない。時々、思い出したようにお金が振り込まれた。僕はそのお金と、やり部屋の帰りに先生から渡されるコンビニ弁当でなんとか暮らしている。
食べようと弁当のふたを開けたが匂いを嗅いだだけで胃の中のものがせり上がってきた。僕は、弁当を放り出したまま家を飛び出した。なんだか急にすべてが嫌になって仕方がなかった。
――もう、疲れた。すべてを終わりにして楽になりたい。
宿題も、学校も、母親も、先生も、見知らぬ男に抱かれるのも、セックスもクソくらいだ。
気がついたら、僕は夢中で走っていた。駅前のマンションに向かって。
――ここから飛び降りたら死ねるかな。
やり部屋から見えるマンション。男に突っ込まれながら、そのマンションをいつも見ていた。あそこから飛び降りたら死ねるのかなって。
僕は、エレベーターに乗り込むと震える指で最上階のボタンを押した。
もうすべてを終わりにする覚悟はできている。
覚悟? 僕にとっては、この生活を続けていく方が覚悟がいる。
ドアが閉まる直前、誰かが乗り込んできた。
お人形のようなかわいらしい顔の男の子だった。男の子といっても、高校生だ。ものすごく頭が良くないと入れない高校の制服を着ている。
そのお人形の男の子は、長い睫で覆われた目を大きく見開いて僕の顔をじっと見つめた。エレベーターが、最上階に到着しても僕の顔を見つめたまま。
「あの……降りるからどいて……」
僕が強い口調で言うと、男の子はビクッと身を震わせた。しかし、通せんぼをするかのように出口を塞いだまま、すばやくボタンを押した。エレベーターは、1階に向かって下降する。
この子のせいで、降り損ねてしまった。一体、どういうつもりかと、今度は僕がまじまじと男の子を睨み付ける。
1階に着くと、その子は僕の手を掴んでエレベーターから降りた。そして、ポケットからスマホを取り出すと電話をかけた。
「コーヘイ? 例のあれ見ちゃって……今から来れる? 駅前のマンション」
誰かをここに呼んだようだ。どうするつもりなのか?
「ちょっと、あんた何なの?」
僕の詰問するような問いかけに、
「ちょっとだけ、待って。俺に時間をちょうだい」
そういって、震える手で僕を掴んだまま離さない。
面倒なことに巻き込まれたくない。だが、どうせ自分は死ぬんだ。どうでもいいやと投げやりな気持ちになる。
5分ほど無言で、掴まれたままの状態でいると、同じ制服を着た、やたらと背の高い男が飛び込んできた。走ってきたのか、息が荒い。
「レオ。待たせたな。こいつがアレ?」
顎でしゃくるよう僕を示した。高校生のくせに、何とも言えない迫力がある。
「うん」
お人形の男の子が答える。背の高い男が前にずいと進み出て、バカにしたように唇の端を少しあげて言った。
「お前、ここから飛び降りても死ねねーよ。打ち所が悪かったら死ねるかもしれないけど。ま、しばらく痛い思いをして悶えまくってからだろうな」
「なっ、なんだよ、死ぬって! 誰もそんなこと言ってないだろっ!」
「言わなくっても、わかるんだよ!」
お人形の男の子が間に入って、遠慮がちに、少しはにかんだような笑顔で言った。
「えっと、ここだと邪魔になりそうだし、どこか店にはいろうか?」
駅前のハンバーガーショップに連れて行かれ、席に着くと同時に背の高い男が口を開いた。
「で、なんで死のうと思ったの?」
「だから、別に死のうなんて思ってないって……」
「んな訳ねーだろ。こっちは、わかってるんだよ。お前、小学生だろ。親は?」
「親は、いない。出て行った」
「ふーん、じゃあ、一人で住んでるのか? 金は? 飯はどうしてるんだよ?」
僕は、唇を噛みしめて俯いた。なんだか、涙がでそうだった。
物ごころついて以来、泣いたことがない。泣いても何も解決しないし、叩かれて、余計に面倒になるということを学んでから泣くことをやめた。
お人形の男の子が僕の隣に移動すると、急に肩を抱きしめてきた。優しい匂いがする。
「つらかったね。大丈夫だよ。君は大丈夫。ガラス玉の瞳じゃなくなったよ」
その言葉に、「えっ」と顔をあげると、「大丈夫だよ」ともう一度囁くように言った。
その言葉を聞いて、僕は、もう我慢が出来なかった。
涙腺が壊れちゃったんじゃないかってくらい、涙が次から次とあふれ出てくる。
ずっと、こうやって抱きしめてもらいたかった。
大丈夫だよって抱きしめてもらいたかった。
一人で生きていくのはしんどかった。
僕は、問われるまま、先生のことをすべて話した。
二人は黙って、ただ、聞いていてくれた。
誰かに黙って話をきいてもらうってことは、久しくなかった。
嬉しかった。
「どうしたい? お前次第だよ。ただ、これだけは言わせてもらう。お前の先生がやっているのは愛じゃない。犯罪だ」
わかってる。僕も、本当はずっと前からわかってた。
「警察に行く。先生は、間違えてる。僕も間違えてた」
僕の言葉に、お人形の男の子は続けた。
「よく決心したね。俺たちも一緒に警察に行くよ。君は、もう大丈夫だよ。生を諦めなかった。途中で放り出さなかった。これからもちゃんと自分の足で生きていける」
言葉を続ける。
「泣いてもいいんだよ。助けを求めていい。ちゃんと泣いて助けを求めることができて偉かった」
そのまま警察に行きすべてを話した。
新しい所で生活することになった。
僕は大丈夫。どこででもやっていける。
一人ぼっちで頑張らない。ちゃんと助けを求めることが出来る。
新しい生活に慣れた頃、3人で会った。
「ねぇ、どうして僕が自殺しようとしてるのがわかったの?」
気になっていたことを尋ねた。
「俺にはわかるんだ。死のうとする人はガラス玉の瞳になるから。その瞳が怖くて、怖くて、見ないようにしてた。そんな自分がすごく嫌だった」
顔をあげて、少し先を歩く、背の高い男の後ろ姿を見つめる。
「だけど、コーヘイが言ってくれたんだ。ガラス玉の瞳をみたら、一緒に声を掛けてくれるって。見ないようにするのはやめようって。あいつ、口が悪くて、乱暴者でムカつくことが多いけど、本当はいい奴なんだ。すごく感謝してる。本人には、内緒だけど」
男が振り返って、顔をしかめて怒鳴った。
「お前ら、もっと、早く歩けっ! おせーよ! のろま!」
男の口の悪さに、僕たちは顔を見合わせて笑った。
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