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ケース2 高1男子(同級生)

 ――許せない。絶対に許せない。殺してやりたい。  俺は、あいつを殺す方法を夢想する。  残忍で苦しみが長引けば、長引くほどいい。  苦痛に悶え、泣き叫んで、みっともなく許しを請うあいつの姿を想像する。  俺は、ペニスを扱く手を早める。先走りのぬるみで、微かにぴちゃぴちゃと水音が響く。  眉根を寄せ、顔を歪ませて、苦悶の表情を浮かべるあいつ。  口から漏れるあいつの絶叫。  ――ああ、最高だ。  俺は、体をピクリと震わせると、手のひらに吐精した。 「芳村。お前、変態だな。よく、人前でチンコ出してオナニーできるよな。尊敬するぜ」  あいつ……森本が、侮蔑の表情で俺に吐き捨てる。 「芳村は、変態だな」 「俺たち凡人にはできないな。ホント、尊敬しちゃうな」  取り巻きが、慌てて同調の言葉を口にする。俺は下半身をむき出しにしたまま、下を向いて、ひたすら嵐が過ぎ去るのを待つ。これは、いつもの光景。  散々、辱める言葉で痛めつけ、森本と取り巻きは教室を出て行った。  ――森本、お前のことを親友だと思っていたのに。  森本とは、出席番号が前後だった縁で話すようになった。高校に入学して初めてできた友達だった。  容姿が整い、どこか人を惹きつける魅力の森本と、どこからみても平凡な自分。  共通点は何もなかったが、初対面から不思議と馬が合い、登下校はもちろん、放課後までのほとんどの時間を一緒に過ごした。  その関係が壊れたのは突然だった。ある日、無視されるようになった。今は、放課後の空き教室にて、人前でのオナニーを繰り返し強要されている。  かつての親友に対して、もはや憎しみの感情しかない。  ――俺のオナネタがお前だって知ったらどうする?  俺は、いつものように想像の中で森本を凌辱すると、もう一度、吐精した。  手を洗いながら、森本を殺す方法をあれこれと考える。  死んでしまったら、そこで終わりだ。それでは面白くない。  生きながら死ぬのがいい。例えば、社会的に抹殺されるのはどうだろう?  なかなか、良い考えだ。俺の死をもって制裁を加える、つまり、遺書に森本の名前を書くのはどうだろう。  それでは、まだ足りない。遺書がマスコミにリークされなければ意味がない。俺は考えをめぐらす。  そうだ、森本の席で自殺するのはどうだろう?   朝、学校に来たら、真っ赤に染まった自席に死体が座っているなんて最高だ。  これに決まりだ。  ポケットの中のバタフライナイフを握りしめる。森本を殺そうと持ち歩いているものだ。  空き教室の電気を消して、廊下に出るとすっかり日が暮れていた。暗闇に非常口の緑色の光がぼんやりと浮き上がっている。  人気のない真っ暗な廊下を、自分の教室に向かった。森本の席に目をやると、カバンはなかった。とっくの昔に帰ったのだろう。  廊下からバタバタと走る音が聞こえる。じっと、息をひそめて、廊下の気配に全神経を集中させる。  運悪く、俺の携帯の着信音が鳴り響いた。明日も空き教室に来るようにという森本からのメールだ。 「誰かいるの?」  人影がやってきて、うちの教室の電気をつける。 「びっくりした。誰もいないのかと思ったから」  人影が目をぱちくりさせて言った。こいつは、確か、隣のクラスのレオって呼ばれているヤツだ。  人形みたいに可愛いとファンクラブがあると聞いたことがある。男子校ならではこそ。  レオは、じっと俺の顔を凝視した。騒がれるのもわかる。確かに、人形のような可愛らしい顔をしている。  そんなに見つめられると、男なのにドキドキして息苦しい。 「忘れ物を取りにきただけ。あんた、隣のクラスのヤツだろ? もう、帰ったら?」 「うん、じゃあ、一緒に行こう?」 「俺は、まだやることがあるから。あんただけ帰りなよ」  レオは、俺の言葉に返事もせずに、モジモジその場に居続け、出ていく気配は全くない。  「早く出て行け、自殺が出来ないだろ!」と言う訳にもいかず、どうやって追い払うかを思案していると、さらにもう一人、邪魔者がやってきた。 「レオ、お前、遅いっ! どれだけ待たせる気かっ!」  同じクラスの相葉耕平(あいばこうへい)だった。相葉は、俺とレオが一緒にいるのに驚いた様子だったが、少し逡巡したのち、冷ややかな意地の悪い笑みを浮かべて言った。 「へぇー、芳村、お前が自殺とは驚きだな」 「……うっ……!!」  言い当てられて、咄嗟に言葉が出てこない。どうして、わかったのだろうか。  この相葉は、森本とは別の意味で一目置かれていた。成績は常にトップ、背が高く、顔も整っている。森本が人の輪の中にいるのに対し、相葉は群れず我が道を行くタイプ。どちらも人をかしづかせるカリスマ性を持つという点で共通する。 「森本か? あいつに強姦でもされた?」 「………」 「それとも、告白された?」 「…………」  相葉の言葉は、理解不能だった。全く、言っている意味が分らない。 「ふーん、ダンマリか。じゃあ、直接、森本に聞いてみる。さっき、下駄箱のところにいたし」  そういうと、相葉は携帯を出して、片手で操作すると電話した。  「森本? ちょっと、教室に戻ってきて。話があるんだけど。うん、すぐ来いよ」  相葉は携帯をしまうと、レオの耳元で何やら囁いていたが、その内容は聞こえなかった。  すぐに、森本がやってきた。取り巻きは連れず、一人だった。  俺とレオがいるのに気付くと顔をこわばらせた。 「森本、ごめんな。戻ってきてもらって。手遅れになる前に二人で話し合った方がいいかなって思って。お前さ、芳村のこと待ってたんだろ? 意地悪しちゃったから、心配だったんだよな」  相葉がゆったりと机に腰を掛けて腕組みをしながらからかうように言うと、 「なっ、何を言ってるんだよ。芳村のことを待ってるわけないだろっ!いじめなんかするわけないしっ!」  森本は、興奮して、髪を掻き毟りながら怒鳴った。 「森本さ、いい加減、素直になれよ。お前、芳村のこと好きなんだろ。別に、男が男を好きになってもいいんじゃねーの?」  相葉は、机から降りると、森本に向かって、歩き始める。 「ばっ、バカ言うなっ! どうして、俺が芳村のことなんか好きにならなきゃいけねーんだよっ! 意味わかんねーよっ!」  森本は、相葉から逃げるように後ずさる。 「へぇ、じゃあ、今から芳村と付き合うことにするぜ。関係ないなら別にいいよな」  当事者のはずの俺の意向を無視して、森本と相葉の間で話が進む。いつもは、ふてぶてしく冷静な森本が、相葉の前で余裕をなくして、青くなったり赤くなっている。  そうだった。一緒にいた頃は、こんな風に笑ったり怒ったり、くるくると表情が変わって、可愛いらしいヤツだった。  俺は、憎くて殺したい森本とのことをなぜか懐かしく思い出していた。  相葉は、乱暴に俺の腰を抱き寄せた。相葉の端正な顔が近づいてくる。 「ほら、キスするときは目をつぶるんだろ?」  相葉は、俺にキスをするつもりのようだ。  ファーストキスだとか、男同士だとか、そんなことはどうでもよくなり、言われるまま俺は目を閉じる。緊張と期待で心臓が高鳴る。  相葉の息が鼻先をかすめる。すぐ、そこに唇がある。俺は、思わず、息を止める。 「やめろっ!! 芳村は俺のものだっ!!」  森本は、相葉を俺から引き離すと殴り掛かった。相葉は、すいっとそれをよけて、ニヤリと笑った。 「あとは、二人で話し合え。やっと素直になったな。じゃあ、邪魔者は退散するか。レオ、もう大丈夫か?」 「うん、もう大丈夫だよ。心配いらない」  相葉とレオは、一瞬、視線を絡めた後、何も言わずに帰って行った。  残された俺と森本は、無言で立ち尽くしていた。  不思議なことに、森本に対する殺したいほどの憎しみは、どこかに消えていた。  森本が口を開かないので、俺から口火を切ることにした。 「森本、俺のこと好きなの?」 「…………」 「男を好きなんて、森本って変態だったんだな」 「…………」 「しかも、目の前でオナニーさせて罵って。ひょっとして、俺のオナニーしてる姿に欲情した?」 「…………」 「なんとか言えよっ!!」 「…………ごめん……芳村に酷いことをしてきた。本当にごめん。いつも、あとでめちゃくちゃ自己嫌悪するんだけど止められなくて……。相葉の言う通り、芳村のことを待ってた。ちゃんと家に帰るのを見届けようと思って」  森本の唇がプルプル震えている。 「森本、俺のこと好きなの?」  俺は、もう一度、同じ質問をした。答えを聞くまで、質問をやめないつもりだ。森本は、観念して答えた。 「…………好きだ。何かの間違いだと思って、必死に否定してきたけど、どうにもならなかった……ごめん。キモイよな。変態だよな……」 「……キモイ……森本、お前は変態だ」  俺は、森本の目を見つめながら続ける。 「……オナニーする時、いつも、お前のこと考えながらいってた」  森本に向かって、ゆっくりと近づく。 「お前をオナネタにしてる俺は、もっと変態だ……」  顎を持ち上げて上に向かせると、唇に噛みつくようなキスをした。  森本は「あっ」と呟くと、俺の腕の中で肩を震わせてむせび泣いた。

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