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ケース5 29歳OL(痴漢)

   ――あれ? 今日は一人だ……  ホームで、目当ての姿を認めると、私はさりげなく後ろに並んだ。  超難関男子高校の制服を着ている例の二人組の姿は、かなり目立つ。  まず、その高校の制服を着ているだけで、「勉強が出来るエリートです」と宣伝しているものなのに、外見もそこらの芸能人より整っている。  二人組の一人は、至近距離でも毛穴を見つけることが出来ないような、まさしく陶器のような透き通る白い肌に、人形のような可愛らしい顔をしている。  もう片方は、背がすらっと高く、切れ長の目に通った鼻筋と、端正な顔立ちのいわゆる醤油顔のイケメン。  カワイコちゃんとイケメンくんと勝手にネーミングして、毎朝、ひっそりと彼らの姿を愛でるのがここ数か月間の私の日課だ。つまり、眼福ってヤツ。    「足元、気を付けろよ」  カワイコちゃんは、結構、そそっかしい。何もないところでこけたりする。  イケメンくんは、そんなカワイコちゃんをさりげなくサポートする。  乗車率150%くらいのすし詰め状態の電車内で、少しでもマシな空間へカワイコちゃんを誘導する。  多分、そんなイケメンくんの心遣いをカワイコちゃんは知らない。イケメンくんは、おかん系男子ってヤツだろう。  今朝は、そのおかん、いやイケメンくんがいない。カワイコちゃん一人だ。  ――この機会を逃してなるものかっ!  私は、カワイコちゃんの後ろから、チャンスを窺った。    思った通り、イケメンくんがいないため、カワイコちゃんは電車内の一番人口密度が高いところで揉みくちゃにされている。  自分の体なのに腕すら自由に動かせない、そんなぎゅうぎゅう詰めで身動きできない状態。  私は、押されたふりをしてカワイコちゃんの背中に寄りかかる。高校生男子のくせに、なんだかいい匂いがする。なんだろう?コロンやシャンプーといった人工的なものとは違う匂い。  犬のように、クンクンと彼の匂いを堪能した後、そっと背中に手を添えてみる。  カワイコちゃんの体がビクッと飛び上がる。  ――か、可愛いっ!!  もっと、反応を見てみたい。抑えがたい欲求に従い、背中の手を腰に、そして、お尻にむかって、ゆっくりと撫でまわすように這わせてみる。  思ったよりも細く、でも、ガリガリで骨が浮いている訳でなく、ほどよく弾力があるしなやかな体。うん、好みの身体つき。  カワイコちゃんの体に力が入るのがわかる。お尻も、まるで窄まりを隠すかのようにギュッと固くなっている。  ――この窄まりに、イケメンくんのペニスが突っ込まれているのかしら。  卑猥な妄想をしながら、尻タブをかき分け、秘奥の窄まりを指で軽く押してみると、カワイコちゃんは、「…あっ…っ」と小さな声をあげて身悶えた。  調子に乗った私は、窄まりから会陰へ、そしてペニスへと指を滑らせる。  ズボンの上から撫で擦ると、そこは反応して固くなっていた。  目のふちを赤くして、俯いて唇を噛みしめ、必死に声を殺してプルプル震えている姿は、やっぱり悶え死にそうなほど可愛い。  ――チャックを下して、直接触ってみようかしら。  電車が駅に滑り込むと同時に、手首を掴まれ、そのままホームに引きずり降ろされた。 「この、チカンがっ!! ……えっ……お、おんなっ……!?」  カワイコちゃんは、長い睫で覆われたアーモンド形の目を見開いたまま、固まった。   「チカンは、あなたでしょ? 手を離しなさいよっ! このっ、チカンっ!!」  確かにチカンは私だけど、逆ギレして大声で怒鳴ってやった。  すると、カワイコちゃんは、慌てて手を離して狼狽えた。やっぱり、可愛いわ、この子。 「駅長室、一緒に行く? 学校に連絡がいって困ったことになるんじゃない?」 「チカンは、そっちじゃ……ひょっとして、チカンの手と間違えて掴んだかもしれません。すみません」 「許してあげる代わりに、今日一日、付き合いなさい。私も仕事を休むから、あなたも学校サボりなさい」  我ながら、言っていることがめちゃくちゃだ。それなのに、カワイコちゃんは私の言葉に従って、ついてきた。   「いつも一緒のイケメンくんは?」 「えっ? コーヘイのこと? あいつは今日、生徒会で早朝登校だったから」 「あの子と付き合ってるの?」 「ええっ! 俺たち幼馴染っていうか、腐れ縁で一緒にいるだけで、付き合うってそんな…」  なんだ、付き合ってないんだ。  イケメンくんは、カワイコちゃんのことを恋人として大事に扱ってると思ったのだけど。  まあ、そんなことはどうでもいい。  今日一日、カワイコちゃんを連れまわして、好き放題してやる。そして、その後……  ――その後は、ホームに飛び込んで自殺する。遺書もバッグにいれてる。身の周りの整理もしてきたし、準備は万全。  そのまま日が暮れるまで、彼氏と一緒に行こうと思っていたところ全てにカワイコちゃんを連れて回った。  途中、何回も着信音がなる。      ◇  ◆  ◇  もう、真っ暗だ。一日が終わる。公園のベンチで缶コーヒーを手に最後の挨拶。 「今日は、付き合ってくれてありがとう。あのさ、どうして見知らぬ他人の私の我が儘に付き合ってくれたの?」  カワイコちゃんは、伏し目がちに遠慮しながら呟いた。 「ツラそうだったから……俺で役に立てるならって思って」  ――この子、わかってたんだ。  涙が出そうだった。 「私さ、この前、乳がんだって告知されたの。初期だから、乳房を切除すれば大丈夫って」  声が震える。 「でも、結婚もしてないのに……赤ちゃんも生んでないのに……こんなの耐えられない。これから先、生きてても仕方がない……」  背中を擦ってくれる手が温かい。 「最後に、やりたいことしようと思った……ありがとう…思い残すことはもうない」  じっと、目を見つめられる。あまりにもマジマジと見つめるので、「え、キスっ?」とドキドキしていると、鋭い怒りを含んだ声が頭上から降り注いだ。 「レオ、お前、何やってるんだっ! 学校サボって、こんなところでっ!」  イケメンくんだった。すごい形相で、まるで親の敵のように睨んでる。  ひぇーーーっ、目線だけで殺されそう。否、殺される、確実に。はっきりいって、ものすごく怖い。 「こいつ、何? 抱き合ってキスでもするところだったか?」  うわ、これ、嫉妬だ。嫉妬ですよ、これ。  私は、浮気現場を押さえられた間男のような気になる。 「コーヘイ、何言ってるの? そんなんじゃないよ」  尋常じゃない殺気のイケメンくんを、全く意に介することもなくあっさりと受け流してカワイコちゃんは私に向き直った。 「大丈夫だよ。自分では気付いてないかもしれないけど、あなたは死ぬ気はないよ。ガラス玉の瞳じゃない、ちゃんと前を向いて生きる目をしている」  何で? 今日、死ぬって決めている。その決心は決して、翻らない…… 「ちゃんと、彼氏に伝えたら? 彼氏、いるんでしょ? 何回も電話かかってきてたでしょ?」  彼氏には、昨日、一方的に別れを告げた。  病気のことを話したら、きっと振られる。そんなの耐えられない。だから、その前に、こっちから振った。  着信音が聞こえる。彼氏からだ。 「……もしもし…」 『お姉さんから、全部聞き出した。俺は、別れるつもりはない』 「………………」 『結婚しよう。これからもずっと俺が支える』 「……うっ……っ!!」  手が震えて耳にあてがい続けることが出来ず、私は両手で携帯を握りしめた。

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