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ケース6 53歳無職(コンビニ強盗)

 ――どうして、こんなことに……  全裸で正座という間抜けな姿。  首には革のベルトが巻かれ、その先には鎖がつなげられている。  もう、一時間以上こうしている。足のしびれは、限界だった。 「背中が曲がっている。お行儀の悪い犬だ。お仕置きが必要だね」  ピシッという空気を引き裂く音と共に、背中に熱が走る。 「……あ、あっ……」  思わず、うめき声とともに前のめりに倒れてしまう。  バラ鞭と違い、一本鞭の威力は絶大だ。皮膚が破れ赤いものが滲みでているに違いない。 「こんな簡単なことができないなんて、本当に仕方がない犬だね」  乱暴に鎖をぐいっと引かれ、耐えきれず肘が床につく。尻を突き出した四つん這いの姿勢になる。  男は、ゆっくりと鞭を二つ折りに持ち直すと、むき出しになった臀部を優しく撫でた。  その優しい刺激に期待するように、秘奥が反応する。 「ほら、もう、ここがヒクヒクしているよ。ハシタナイ犬だね。発情してるの?」  無防備な窄まりに、勢いよく指が差し込まれる。  指は何の戸惑いもなく、よく知っている弱いところを容赦なく暴く。 「うぅっ……あっっ……」  必死に声を殺す。体の中心に血が集まり、ムクムクと形を変え硬度を増していくのがわかる。 「もう、こんなふうにしちゃって……お仕置きにならないね。困った犬だ」  急に指が引き抜かれると、臀部にUの字型の熱が走った。      ◇  ◆  ◇  深夜2時半。自動ドアを抜け、左側の雑誌コーナーに向かう。  外から確認していたとおり、店内には客はいない。  店員は、レジに一人だけ。ここのコンビニは、深夜は一人勤務になるのは調査済みだ。  コンビニ強盗は、他の強盗に比べて得られる現金は少ないが特別なスキルを必要とせず、リスクは小さい。  ――落ち着け。大丈夫、やれる……。  緊張で息苦しい。  店員に見えないようにマスクをずらして、新鮮な空気を送る。  頭が、ボーっとする。  ドキドキ  周りに聞こえるのではないかと思うほど、心臓が高鳴る。  カバンに右手を忍ばせ、柄を握りしめると、目を閉じて2回深呼吸する。  ――誰もいない今がチャンスだ。  意を決すると、監視カメラに顔が映らないように俯きながら、ゆっくりとレジに近づいた。 「カネを出せっ!」  目の前の茶髪の20代前半とおぼしき青年に包丁を突き付ける。カタカタと包丁が震えている。 「はぁ?」  店員は間の抜けた声を出して、じっと顔を覗き込んできた。 「カネを出せって言ってるんだっ!!」  声が震える。傷つけたくない。「頼むから、言う通りにしてくれ」と祈るような気持ちになる。  と、その時、スーッと自動ドアが開き、学生3人組が入ってきた。  ――何てことだ、客がきてしまった……  俺は、一目散に出口に向かって走った。  そのまま、部屋に戻る気にはならなかった。足がつくかもしれない。  それに、家賃を滞納していて、このまま払えなければ明日、退去することになっている。  俺は公園に向かうと、人工山のトンネルの中で震える体を抱きしめた。  現金は10日前からなく、水以外口にしていない。強盗に失敗した今、もう、飢えて死ぬしかない。 「見ーつけたっ!」  場違いな明るい声に振り向くと、暗闇にギョロリと目が光っている。蛇に睨まれた蛙のように身動きできず固まる。 「はい、大人しく出てきて? コンビニ強盗さん」  俺は観念して、のそのそとトンネルを這い出た。いつの間にか寝てしまっていたようで、トンネルの外の世界は明るく、すっかり夜は明けていた。  声の主は、茶髪の青年だった。どこかで見たことがある……それもそのはず、コンビニの店員だった。  青年に手を掴まれたまま、後に従う。このまま警察に引き渡されるのだろうか。  青年は無言で、駅前の派出所の前を通り過ぎ、タワーマンションに入っていく。  耐え切れず、尋ねた。 「どこに行くんだ?」 「僕の部屋」 「警察は?」 「はあ? なんで?」 「…………」  言葉が出てこなかった。  青年は、一体、どういうつもりなのだろうか?  こんな強盗をするような犯罪者が怖くはないのだろうか?  最上階でエレベーターを降り、一番端の部屋の前で操作をすると中に入った。おそらく、カギと指紋認証か何かの2重ロックになっているのだろう。 「ご両親は? こんな犯罪者を連れて帰ると驚くだろう……」 「はあ? 僕、一人暮らしだけど? これ、僕の稼ぎで買った僕の家」 「えっ?」 「それよりさ、あんた、臭いし風呂に入ったら?」  何が何だかわからなかったが、青年の言葉に従い風呂に入ることにした。  ガスも止められていたので、1週間ぶりの風呂だった。正直ありがたい。  あまりもの気持ちよさに、すっかり長風呂してしまった。  風呂から出ると、脱衣所に置いていたはずの服はなかった。仕方がないので、バスタオルを腰に巻いた状態でリビングに向かう。  リビングに行くと、青年は電話中だった。 「アドバイスに従って、労働してみたけど、結構、面白かったよ。でも、犬を飼うことにしたからやめるけど……ほら、ひとりぼっちでマンションに置いておくわけにもいかないし。かわいい犬もいるし、もう死にたいって思わない……やっぱり、飼い主の責任があるから……大丈夫だよ。じゃあ、レオ、また今度」  電話が終わったのを確認し、声をかける。 「お風呂、ありがとう。それで、置いていたはずの服がないのだけど……」 「臭いから捨てた」 「…………えっと、では、悪いのだけど服を貸してもらえるかな……」 「なんで?」 「…………いや、ずっとこのまま裸でいる訳にはいかないし……」 「はあ? 別にそれで、いいじゃん?」 「はあっ????」 「僕さ、服を着てる犬って嫌いなんだよね。飼い主のエゴって感じで。あれ、絶対に犬は迷惑してるよ」  ――俺の服と犬の服、何の関係があるのだろう?  青年と会話が成り立たないもどかしさにイライラが募る。どう言ったら言葉が通じるのだろう?と思考をめぐらしているうちに、不意に首筋に違和感を覚えた。  手をやると、革ベルトのようなものが巻かれている。青年はバックルの締め付け具合を熱心に確認すると、南京錠のようなものを取り付けた。 「よし、これでいいっ! うん、似合う。肌が白いし張りがあって、結構、いい感じ」 「ちょっと、これ外してくれよ。それに、さっきからお願いしているけど、服を返してくれ。そうしたら、ちゃんと警察に自首するから」 「はあ? 自首って何の罪で?」 「だから、コンビニ強盗」 「コンビニ強盗なんておきてないよ」 「え?」 「公園で震えてた犬はいたけど」 「………………」 「犬を飼いたいって思ってたから、ちょうどよかった」  青年がニッコリと笑う。思わず惹きつけられる魅力的な笑顔だ。 「ちゃんと、死ぬまで大事にするよ。飼い主の言うことを聞く良い子だったらね」  優しく頭を撫でる、その感触にうっとりする。 「もう、自分で何も考えなくていいよ。飼い主の命令に従ってさえいれば、永遠に甘えさせて、可愛がってあげる」  ――絶対的な存在に思考も体も委ねる。それは、なんて素敵な響きだろう。  自分であれやこれやと考えるのは疲れ果てていた。  俺は、飼い主の足元に跪いて、その綺麗に整えられた親指の爪にキスをした。

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