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stage.8 現在
赤と黒の世界の中で、ツキトだけが白く輝いている。細く折れそうな姿は儚げで、まるで闇に咲く一輪の花のようだった。
―――魔王のくせに。化け物みたいに強いくせに。
アスナは右手の剣を遠くに放った。
そのまま、何もなくなった手を伸ばし、ツキトの左手首を掴む。ツキトが驚いたように一歩後ずさるが、振りほどく程の抵抗はなかった。
アスナの背後では、放った剣が床に落ち、ガラン―――と、金属の鈍い音が響く。
「アスナ、何を―――」
握ったツキトの手首は可哀想なほどに冷えきっていて、益々堪らなくなった。
大バカだ。
頭がいい癖に、何でこんなにバカなのだろう。そんなわざとらしい嘘にアスナが騙されると思ったのか。
だとしたら、随分と見くびられている。
戸惑うツキトの手首を放さぬまま、アスナは立ち上がり睨み付けた。
「殺してなんかやらねえ。」
アスナの言葉に、ツキトが息を飲み固まる。
―――こいつは、
ツキトは勇者を殺したかった訳じゃない。勇者に殺されたいのだ。
腹が立って仕方がない。
「ふざけるなよ。何で、好きな奴を殺さなきゃなんねえんだ。」
「何の話―――」
「バカ魔法使い。嘘が下手くそ過ぎるぞ。そんなに辛いなら、俺が助けてやる。」
「そんな事、言ってないだろ!」
ツキトが悲鳴じみた声を上げる。元から白い顔が、すっかり血の気を無くし真っ白だ。
「言ってただろ。魔王を殺さないと、魔物はいなくならない。みんなに生きていて欲しいのにって。」
「違う!そんな事、言ってないだろ!」
ツキトが癇癪を起こした子供のように首を振って否定する。誤魔化せるとは、ツキトももう思っていないだろう。
「違わねえ。おまえは優しい。自分のせいで誰かが死ぬのが耐えきれない。しかも、魔王は自殺できないとかだろ?だから、こんな真似したんだろ。違うって言うなら、今すぐ俺を殺してみろよ。」
「それじゃ、面白くないって、言って―――」
ツキトの言葉がふつりと途切れる。
目を細めて微笑むアスナに、ツキトが堪えきれぬよう顔を歪めた。魔王の禍々しい気配が霧散していく。
「アスナ、お願いだ。どうか、僕の願いを叶えて。」
ツキトが膝を折り懇願する。ツキトの手首を掴んでいた筈が、気が付けばアスナが手を捕られていた。そのアスナの手を、ツキトが神にでも祈るように額へ付ける。
「アスナ。僕を、殺して。」
泣いてるような声でツキトが言う。まるで聖職者のようだ。
「嫌だ。殺さねぇ。」
アスナが断ると、ツキトが悲痛な声で叫び顔を上げる。
「殺してくれ!」
「嫌だな。」
「アスナは勇者だろ!」
すがり付いてくるツキトに合わせて、アスナも同じように床に膝を付いた。
「そうだ。勇者だから、魔物に誰も死なせる気はない。みんな守ってみせる。ツキト、手を貸してくれれるだろ?」
「無理なんだ。僕にはコントロールなんかできない。あいつら勝手にどんどん湧いてくる。魔王が死ぬしか、」
「ツキト。二人で何とかしよう。勇者と魔王が揃ってるんだぜ、何とかなるなるだろ。」
「だから、無理だ―――」
怯えているツキトを見ているのが苦しくて堪らない。衝動のままに引き寄せた体は酷く震えていていた。
「ツキトが好きだ。だから、生きていてくれよ。」
今度はアスナが懇願しながら、華奢な体を抱き締める。じわりとふたりの温度が混じった。
「どうにもならなかったら、その時はちゃんと殺してやる。」
もしもの時は、ひとりでなど死なせない。ツキトを殺してから、すぐにアスナも逝く。
今までずっと孤独だっただろうツキトをひとりにはしない。
うぇぇ―――と、泣き出したツキトを抱き締める。
―――でも、叶うならば。
ツキトとふたり並び、地平線から昇る朝日を数えきれぬほど見ていきたい。
End.
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