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stage.7 現在
黒い剣で貫かれた左手から真紅の血が床へ滴る。痛みは鈍く、ただ焼けるように熱く痺れていた。
「くっ―――」
「どう?アスナ、痛い?」
アスナの左手を突き刺したツキトが常と変わらぬ様子で尋ねてくる。
「何でっ、」
「僕が魔王で、アスナが勇者だから。ここまでして、まだ疑ってるとか?」
ツキトが魔王だという言葉は、もう疑っていない。ほぼ勘でしかないが、これは間違いなくツキトだ。
―――でも、ちぐはぐだ。
ツキトが話せば話すほど違和感にばかり襲われて、頭が整理できない。
そもそも何故、ツキトは魔法使いの真似をして、アスナと旅をしていたのか。初心者のヘボ勇者を捕まえて、強くなるために手助けまでして、膨大な時間を要している。かなり面倒な事だったろう。
―――暇潰し。
確かに、一筋縄でない性格だから、ツキトならそれもあり得るかもしれない。
その反面、ただの暇潰しだけでツキトがここまでするとも考えにくい。
「いつまで踞ってるの。早くやる気出さないと、本当に殺されちゃうよ~。」
頭を使う事は苦手なのに、ツキトはペラペラと喋り続けるし、血を流す左手は痛覚を取り戻してきていた。
「うっ―――」
「ああ、血がすごいな。何もしなくても、このまま死にそうだ。治した方がいいと思うけど、今の状態でアスナには無理か。」
魔法で治してくれる事はないのだと知らしめたいのか、わざわざツキトが煽るように言ってくる。
また違和感がひとつ。
「ほら、目の前に魔王がいるよ。アスナ、勇者だろ。」
動かないアスナを見下ろしながら、ツキトがからかうように言う。
長い間ずっと共にいたのだ。
飄々としているようなフリをしているが、実際は焦れているという事はアスナにも見抜けた。カードゲームで相手が次の手をなかなか出さない時のように。
―――そうか、なるほど。
何となく少し分かった気がした。
「ツキト、おまえ、遊び相手が欲しかったのか。」
アスナの言葉に動揺したのか、ツキトが目を見張る。
半信半疑だったが、図星のようだ。
しかし、誤魔化す気はないらしく、ツキトが懇切丁寧に説明を始める。
「そうだよ。僕はね、何百年と暇で暇で仕方なかった。この城には誰もいないし、たまに来る奴はどうしようもなく弱くて。だから、勇者を自分の手で育ててみようと思った。大事に大事に育てて、最後に壊してやろうとね。」
どうやら魔王の強大な力は、ツキトをひどく孤独にしたようだ。相手をして欲しいが為に、勇者を育てるなど、よほど寂しかったらしい。
アスナが哀れに思ったのを感じ取ったのか、ツキトが苛ついた顔になる。
「でも、せっかくのラストなのに、無抵抗じゃ面白くないんだよっ。」
「ぐぁっ!」
左手を襲った鋭い痛みにアスナは呻いた。反射的に痛みから逃れようとするが、ツキトの足に踏まれてそれは叶わない。
「どう言えばやる気になるのかな。アスナ、分かってる?僕を倒さないと、魔物はいなくならない。何の罪もない人たちが魔物に殺されても、いいのかな?良くないよね?だからねぇ、勇者さま。僕と遊んで。」
アスナの流血している左手を容赦なく踏みつけながら、ツキトが微笑む。聖母のような、どこかの絵画で見た慈悲深い表情だ。
「今、目の前で誰か殺して見せたら、やる気になる?」
「―――ツキト。」
残酷な言葉に促されるように、アスナは右手で剣を握りしめた。
哀しくて哀しくて、もう死にそうだ。
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