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[木綿]経済格差とスーツ-2-

 編入生の俺に、みんなとても優しかった。……表向きは。  よくある話なんだろう。「仲よくしよう」と笑って言いながら、右、左、後ろ、の決まった手順で周囲を取り囲み、身体の自由を奪われた途端にいいように揶揄われる。連日の嫌がらせにすっかり俺の顔つきが変わった頃、見かねた上級生 藤原さんが俺を助け出してくれた。先輩の影に隠れていれば逃れられる。  ……そう思った次の週には嫌がらせの首謀者が藤原先輩本人と知って、もう誰も信じられなくなったんだけどね。  それでも学校を辞めたいとは言えない。我儘を聞いてもらって入った学校だ。新しい父親に呆れられたくは無いし、母に肩身の狭い思いをさせる訳にはいかない。  眼を背け、嵐が過ぎるのを待つしか出来ず、教室には行かず部屋に引き篭もった。  担任が寮に来て「出席日数が足りなくて進級が危うい。保護者に連絡する」と忠告してきた。私立はそうゆう点は厳しいのだ。もうダメか。そんな時、俺を助けてくれたのは、海外出張の土産を持ってひょっこり現れた、兄だった。  母の結婚式の日に一度だけ会ってメアド交換をしただけの、新しくできた兄。  母親を早くに亡くし、多忙な父さんの元で長い間一人だった兄は、黙って俺の話を聞き、なりたての弟の俺が頼ったことを滅茶苦茶喜んで、ありとあらゆる支援をしてくれた。おかげで実家に迷惑をかけることなく、無事に高校を卒業した。  持ち上がりの大学になんか行く気もしなかった俺に、今の大学を勧めてくれ、実家を離れて暮らす期間をもう四年間伸ばしてくれたのも兄。 「礼なんか要らないよ。"情けは人の為ならず、巡り巡って自分の為"って言うやつだよ。これからの事業のヒントを掴んで、俺と親父の役に立ってくれたらいいさ」  東京を離れ、暗黒期の俺を知る人のいないキャンパスライフを手に入れることができた。 「たまにはお袋さんに顔見せてやれよ」と兄は言う。兄には頭が上がらないけれど、あの家にいても落ちつかないのだ。知らない家のリビングは、いるだけでムズムズする。母はまだ若いし健康だし、好きな人と暮らしているのだからまだ俺が心配して立ち寄る必要はない。  兄は勤めていた銀行を辞め、2年前から父さんの仕事を手伝うようになった。  日本各地のリゾート地で、父さんの会社のバス、ホテル、ゴルフ場にスキー場が稼働している。大学のあるこの温泉地でも、周遊券を仕切っているのは父さんの会社だ。  新年の賀詞交換会だけは息子達が揃っていないと父さんの示しがつかないと言うので、1月5日は強制的に東京に行くことになっている。  正月、実家にスーツで帰る学生はまずいない。でも東京は日帰りで十分なんだ。こうでもしないと絶対「ゆっくりしていけ」などと引き止められてしまう。  スーツは男の戦闘服だって言うけど、本当にそうだと良い。着慣れない肩パッドにどれだけの防御力が有るのかお手並み拝見。久し振りに戻る東京に緊張しながら、入学祝いに新調した一張羅のスーツに袖を通した。

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