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[木綿]経済格差とスーツ-3-

「君達兄弟は一度も一緒に暮らしていないのに、驚く程仲良くなったなあ」 「せっかく東京に戻ったんだから、ゆっくりしていけば良いじゃないの……」  さっさと帰ろうとする息子達に両親は寂しそうにしているけれど、泊まる気はないのだから頃合いをみて退散するのがいいに決まってる。  明らかにサイズの合わない俺のスーツに兄の苛々が募り、賀詞交換会が終わるや否や「馴染みのテーラーに連れて行くから来い」と連れ出された。  俺の心情を知っていての兄の判断だ。有り難く、策に乗ることにした。  母は、俺の不慣れな髭剃り跡をまじまじと見上げ、カミソリ負けにも良いという愛用のハンドクリームやら、フリーズドライ食品やら、冬物の肌着やらを詰め込んだ袋を持たせてくれた。 大きな袋を押し問答するのもみっともないから、アリガト。と素直に受け取った。 「恥ずかしがることでも、気兼ねすることでもないんだよ。親に心配させてやるのも孝行の内だって。……まだ今はピンと来ないだろうけどな」  大学のある温泉地へ向かう特急列車に並んで座り、車内販売のワゴンで弁当とサンドイッチを買って、鼻歌でも出そうなご機嫌で折りたたみテーブルに並べた兄は、「まだアルコールはダメなのかー、早く成人しろ」と、自分だけ冷えたビールのプルタブを引き上げた。 「……仕事なんじゃなかったの?」 「んー……。  観光屋が観光の愉しみを味合わずに移動する訳ないだろ?勉強だよ、ベンキョー!実体験が一番!  ロールプレイングみたいなもんだよ」  都合のいいこと言っちゃってさ。美味そうに飲みやがる。  大学のある温泉地に、兄が任された仕事の新しいリゾート施設が出来た。年始の様子を見に行き、今夜はこっちに泊まるらしい。  観光の分野で飯を食っている家の息子になったからには、いずれ俺も無関係ではいられないのだろう。この四年間で出来るだけ沢山の物を見聞きして、経験を積まなくてはいけない。  衣笠を気にかけて密かに守っている間にも、少しは成長しただろうか。あの頃の何も主張できないただのデクノボウとは違う自分になれただろうか。  少なくとも体型はあちこち変わった。入学式の為に新調したスーツは、今着てみると腕と太腿とが既にパツパツで、あまりの着心地の悪さに驚いた。  大学のある温泉地に兄の知っている仕立て屋がいるので、そこに預けて直してもらう。駅からタクシーに乗り込み、途中でファストファッションのチェーン店に寄ってジーンズと薄手のセーターを買った。 「コートはそのままでいいだろ? スーツの上にダッフルコートを着てるのも如何なものかと思うけど」  そんなこと言ったって、俺、無職なんだから贅沢言えないんだよ!トレンチコートなんか学生は着ないんだから、持ってるはずがない。  ……あれ?大学生って、コート何着持ってるもんなんだろう?  自転車で走りまくった見慣れた風景に、辛子色のダウンコートを着た衣笠の姿が浮かぶ。あいつはいつ帰るのか聞かなかった。久々の帰省だから、学校が始まるまでしばらくのんびりするのかも知れないな。

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