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[木綿]経済格差とスーツ-4-
スーツの直しを頼んで着替え、今度は兄の用事に付き合う。駅から遠く離れた山の中のリゾートに泊まり、兄の仕事が済むまで温泉でゴロゴロしていた。
露天風呂から周囲を見渡すと、俺らの大学のある山が見える。同じ駅とはいえ、ここはメインの繁華街からかなり離れた所のようだ。
山が違うと泉質も違うんだな。色もにおいも全然違う。足湯の横の東屋には、好きなだけ食べていいらしい蒸かし芋。と、隣にある牛乳の販売機に兄の商魂が見えた気がして苦笑いする。釣られて瓶の白牛乳を買っちゃったじゃないか。
兄はキチンと仕事をしているんだな。それで、急に湧いて出たような義理の弟に構って小遣いくれたり、面倒見てくれたり。
大学の連中も、バイトや住み込みや、研究室の小間使い、投資はケンちゃんくらいだけれども大抵なんらかの仕事に就いている。完全フリーなのは俺くらいだろう。
そもそも、俺のバイトが決まらなかったのは、間接的には綿貫家の稼業のせいだ。
父の会社の新年会、賀詞交換には、沢山の観光業者が集まる。今住んでいる温泉地の企業もしかり。バイトの面接に行ったら「綿貫の息子さん?ウチなんかとてもとてもぉ」と門前払いしやがったオッサンがウヨウヨしていた。
まあ結局無職でいられたから、あの夏休みが過ごせた訳で、結果オーライなんだろうけど。……でも腹立つ。
たかがアルバイトの面接でも、立て続けに連続で断られるとメンタルに響く。どこに行っても同じ返答『綿貫さんの息子』に辟易して、もうこのままでいいと思ってしまった。
兄に言えば、「ああ、なるほどね。気の毒な話だな。それじゃあ当面の間、小遣いはお兄様が仕送りしてやろう」なんて、大人の余裕で切り返されるし。くそ!カッコつけて「要らない」と言えたらいいのに、ホントの無一文では携帯代すら払えないし、プロテインも買えない。どう使ってもいいからとクレジットカードを親から持たされているけれど、やたらと使っていいものじゃないだろう。
衣笠みたいに、留学生達みたいに、学業の合間を縫って予定が入っているやつが羨ましい。
「俺だけスネカジリのままだ……」
朝一番の電車で帰る兄がビジネスホテルのツインルームを取り、俺も巻き込む。夕飯に行った居酒屋で注文を取りに来たのが大学の顔見知りで、ああ、また"俺だけ無職"の疎外感が襲った。
外で働こうとするから綿貫家が足枷なのか?それなら、身内で稼いだらいいってことか!
「ねえ、俺も仕事したい。なんか手伝わせろ」
「おお!そう来たか! いいよわかった。俺の仕事、手伝ってよ。直接管理できないから、フリータイム、成果報酬型でいいよな?」
話が速すぎないか? 兄はタブレットのワープロアプリを開くとなにやら入力を始め、雇用契約書を書いた。
「形だけ、な。一応契約書がないと経費に出来ないから」
書かれていたのは、ここの温泉地の旅館、ホテルの土産物売り場の巡回、メンテナンスの仕事内容。訪店一件につき手数料発生、受注した商品代金の5%がロイヤリティ、締日、支給日、交通費、そして……
「……ナニコレ」
「経費だよ。必要経費。だって、必要だろ?」
ニヤリと兄が笑う。書面の最後に記されていたのは、『支給品:自転車一台』の文字だった。
「どうする?しないの?このバイト」
するよ、しますよ! 画面にサインし、即、契約が成立した。
「自転車買うのは付き合わないぞ? 今日はもう遅いから、自転車代だけ渡しとくな。領収書、忘れずにもらっておいてな」
帰り道、コンビニのATMで現金を引き出すと、備え付けの封筒に入ったままヒョイと手渡した。袋の中を覗くと、電動アシスト自転車やBMXは望めない控えめな諭吉が並んでいる。
「……社用車、ママチャリかよ」
「ん?好きなの買えばいいぞ?」
子供扱いしやがって。しかしこの歳で、自転車買ってもらって喜んでる俺って、正直どうなんだろう。
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