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[木綿]経済格差とスーツ-5-
翌朝、朝食を済ませた兄を駅まで見送り、バス停に向かう。日帰りのつもりで手ぶらで出掛けたのに、結局二晩外泊してるよ。しかも地元に二泊。
正月に帰省していた衣笠も、寮の連中も、もう戻っているだろう。
きっと各地の名産品の交換会が始まるんだ。土産なんかなにも用意してないぞ、東京駅で何か用意するべきだったのか。……こうなったら、ウケ狙いでこの温泉の名物を買ってお返ししてやろう。ベタな黒糖の温泉饅頭を買っておこう。
寮に戻ろうと、ロータリーのバス停に向かって歩き出したその時、ホテルの送迎バスが止まり、ゾロゾロと観光客が降りて来た。大声で騒ぐ奴がいるな…とチラ見すると、出来れば気付かずにいたい、見たくない顔触れと気付いて足が止まる。あの中学高校の、同級生達だった。仲良くエスカレーター式で付属大学に進んだんだもんな。まだつるんでやがるのか。
……東京に置いてきた筈の嫌な思い出が一気に蘇る。
足が動いてくれないんだ。駅前の歩道の真ん中で、こんな立ち止まり方をしたらきっと通行人の迷惑になるんだけど、でも、体が動いてくれないんだ。あいつ等を見ていたくなんかないのに、目線を反らすことすらできない。こちらに来て、すっかり成長したつもりだったのに、なんだろうな。身体が言うことを聞いてくれない。
こんな不自然な固形物、あっさり連中に見つかるは当然のことだ。
「ほらな、やっぱり綿貫じゃん!」
こっち来んなと念じても通じるはずはない。あの頃と何一つ変わらない手順で、「ひさしぶりー!こっちに住んでるのかよー」と笑いながら、右、左、後ろ、の決まった手順で周囲を取り囲み、身体の自由を奪われた。
当時に引き戻される一連の動きで頭も体も働かなくなった俺は、案内役と称されて四方を囲まれたまま駅から海まで続く道を歩いて移動する。海沿いの歩道で広場のようになっている場所は、カメラ撮影用の絶景スポットだ。連中は写真を撮りたいわけではないだろうに、被写体の立ち位置マークから少し離れたところで立ち止まる。
はたからはアホな騒がしい学生の一団に見えるのだろう、通る人々は足早にすり抜けていく。連中は何だかわからない話を大声で続け、盛り上がっているように見えるが、俺にはサッパリわからない。
もう帰るつもりだったのになあ。何故思うように動けないんだろう。衣笠用に育てた身体は、俺自身のためにはいうことを聞いてくれない。
海沿いの国道の向こうに、衣笠達の喫茶店が見える。この時間のバイトは高野だろう。今の俺がいるのはあっち側のはずなのだ。走り抜ける自動車に寸断されて時間軸が歪み、中学時代に引き戻されている奇妙な感覚に陥っている。
つい数年前の自分はこんな風に感覚が遮断された世界に住んでいた。色も匂いも気温も音も、キャッチできずに。モノクロの中にどうにか身を置いていたのだ。
都会のコンクリートの色かと思ってたけど、違ったんだな。この海沿いの景色まで、モノクロームに見えてきた。
「――綿貫? なに、してん、の?」
騒々しくて塞いだ耳に、違う音が飛び込む。
目線をあげると、鮮やかな辛子色のダウンコートが近づいて来るのが見えた。
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