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[きぬ]アホ男子な僕たち(3)

「…しない」  頭から湯気を出して固まっていた綿貫は、ぼそりと呟くと後ろから回した僕の腕を掴んで下ろした。くるりと僕に向き直り、俯いたまま早口で話し出した。 「しない、しないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしないしない!! キスなんかしない、キスなんかしたら友達じゃいられないだろ?」  あ、これ完全にテンパってる……。必死の形相で僕の腕を掴み、目を回しそうな勢いで縋りついた。   「頼むよ衣笠、せっかく東京から離れて新しい環境を手に入れて、嬉しいんだよ俺! 今までこんなことなかったからさ、浮かれてんだよ俺! 最初はどうなることかめちゃくちゃ心配してたんだけど、衣笠と出会って激変したんだ。やるべき事が道になって見えてさ、背丈はともかくもっと鍛えなきゃいけないと思ってプロテインなんか買っちゃってさ、外国人は遠巻きに見てるものだったのにスーラジ君と飯食って日本のこと教えたりしてさ、風呂場で倒れた時の応急処置とかさ、今までの俺からしたら信じられない行動なんだよ。  専攻が違う衣笠が俺の名前覚えててくれたのが嬉しくて、他の誰かが衣笠の隣にいるところを想像しただけで気持ちが苛立って、他の奴に取られないうちに俺が隣にいるのが当たり前の存在にならなくちゃなんて焦ってジタバタして、そんな俺、自分でも初めてなんだよ!  ずっと同じ香りのボディソープにこだわったり、ネットで肌に優しい日焼け止めを調べまくって日本未発売のサンオイルを個人輸入したり、先輩に取り入って穴場日焼けスポットを聞き出したり、貸し出ししてない学校用のママチャリを借りられるように根回ししたり、夏でものぼせなくて肌の露出が少ないバイト先を調べ上げたり、そんな手間をかけたことなかったんだよ今まで!  骨付き肉を食べるのもそっちのけで隠し撮りした写真を待ち受けに出来ないか画策する俺なんて考えたことも無かったし、熱中症の手当てをググって頭に叩き込んだり、ふと見かけた花火セットを衝動買いしたり花火大会の時間を調べたりするような奴じゃなかったし、スーラジ君に日本人らしくないって言われないように花火鑑賞の定番を調べたしトウモロコシ茹でたし、当日、寮に誰もいなくてドキドキしたし。打ち上げ花火の締めのスタ―マインがでかくて度肝抜かれて、自転車借りてたお陰で衣笠と親しくなれて、線香花火が好きなのもわかって、バイトが決まらなくて落ち込んでいたことなんか吹き飛んで、滅茶苦茶充実した夏だったんだ。  衣笠がバイト先の従業員宿舎に泊まるようになって気付いたんだけど、俺は一人でいたら飯もろくに食わないんだ。自炊どころか、三食食べて、風呂入って、部屋片づけて、寝坊しないで起きて、カギ閉めて出掛ける、なんて当たり前のことが、俺ひとりじゃ出来ないんだよ。正月だって衣笠を送り出した後、一人で寮にいたもんだから、夜更かしするし朝は起きないし、着替えないし洗濯しないし酷いもんだ。明日を楽しみに思いながら眠るなんて、衣笠がいるから出来ることなんだ。  部屋のこたつに座るとクリスマスのことや湯豆腐やミカンを食べたことを思い出すし、ナポリタン食べても衣笠と食べたいと思っちゃうんだ。今更俺の生活から衣笠を取っちゃったらどうなるのか考えたくもないよ、春からずっと衣笠の一番近い奴になりたくて、俺すっごい頑張ったんだよ?  頼むよ衣笠、俺から衣笠を取らないで!  俺から友達を失くさないで!!」  勢いで言うだけ言ってその場にしゃがみ込んだ綿貫は、ゼェゼェ呼吸を整えている。  なんだ?なんなんだ? 大丈夫か、綿貫……。  『衣笠、俺から衣笠を取らないで』ってなんだよ。矛盾してるだろ! 呆れて何も言えない。  横で聞いていた高野が肘で僕を突いてきた。 「なあ、今のって、聞きように寄ってはメチャクチャ熱烈な愛の告白じゃねえの?」 「……は?」  ちょっと待て、なんでそうなる? 僕は先程の綿貫の独白を思い起こしてみる。『衣笠と出会って激変した』って、『当たり前のことが、俺ひとりじゃ出来ない』って、『今更俺の生活から衣笠を取っちゃったらどうなるのか考えたくもない』って?  えーっと、これじゃあ告白どころかプロポーズみたいじゃないか。  指摘された通りかもしれないと思った途端、一気に頬が紅潮した。  こんな一世一代の大告白みたいなことを言っておいて、当の本人、綿貫は大事な友達を失うことに怯えているだけ。なので、これは、この場で返事しないといけないのは、『このまま現状維持』の一択?  共有スペースに、ケンちゃんが降りてきて、高野に囁いた。 「なにがあったの、これ?」 「んーーー、豆腐が仲良く茹ったところ。さ、風呂行こ!」  すたすたと立ち去る二人を見送り、僕はため息を一つ吐いて、綿貫の隣に座った。 「大丈夫だよ、綿貫。  わかったよ、キスしたりしないよ、  嫌がることはしないのが友達だろ?」 「ホント? 衣笠、友達?」 「おう!友達」 「よかったあ、どうしようかと思った」  綿貫はラグに手足を伸ばして寝転がった。  こいつが本気で安心して現状維持に喜んでいるのを見ていたら、嗜虐心が顔を出した。 「……やっぱ友達やめようかな」 「え!?」  寝ころんだままの綿貫が硬直する。焦った顔を確認してから、宣言してやろう。 「友達やめる。友達じゃなくて、親友を名乗ることにする!」  ーーーこら、綿貫、喜ばない! これまでと何にも変わらないのに、いちいち喜ばない!   <年末年始編ここまで>

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