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[木綿]ハンドテクニック
入試休みの午後、俺の部屋の様子はいつもと少し違っていた。
「……ッ! 綿貫、ぃ、イタ…痛い」
「うん。最初だけだから。すーぐ気持ち良くなるから、ちょっと付き合ってよ」
聞く耳を持たずに、ジェルの滑りを借りて二本の指でほぐしにかかる。俺には慣れっこな刺激でも衣笠には強過ぎるのか、怯えた涙目で硬直している。それでも振りほどいて逃げ出す気は無いのが判るので、手の動きを止めてやらない。
「ーーーっっ!!」
ツボに嵌った衣笠は反射的に足を突っ張り、コタツの櫓が大きく揺れた。
。 。 。 。 。 。 。
そもそも、これは衣笠が悪い。
だってそうだろ?「今日は暇だったから、寮の洗面所のステンレスシンクを全部磨いてやった!」って威張りやがって。素手でクレンザーとスチールウールを使ったら、お前のヤワな手なんか小さな無数の傷が出来るに決まってるだろ。
案の定痛々しい状態になった指先を見兼ねた俺は、実家から持たされたアレを取り出した。『マクトクリーム』とチューブには書いてあるが、誰もその名では呼んでいない。通称『紫のクリーム』。
正月に帰った時、滅多にしない髭剃りで痛んだ俺の頬を痛々しげに見つめた母は「ムラサキって薬草が、肌の生まれ変わりを助けてくれるんだって」と言ってその場でペタペタと俺に塗り、新品のチューブを1つ持たせた。
衣笠の無謀な手荒れを見てコレを思い出し、封を開けたらクリームが暴発!手に刷り込むには過量に出過ぎた紫色のジェルクリームを、俺と衣笠の両手にひたすら塗ったくる羽目になったのだ。
さっき衣笠が猛烈に痛がったのは合谷というツボ。人差し指と親指の骨がぶつかる所が目印。不健康な人は押されると飛び上がるほど痛い。衣笠、案外お疲れなのか?息を詰めて我慢しているのがいじらしい。
……ちょっと可哀想だったかな?
「じゃあ、こっちは?これは気持ちいいんじゃない?」
指の股、水掻きのところを揉み解す。
「ぁ……うん、これは気持ちいい」
先程までの緊張が解け、ため息を漏らし目蓋が下りた。
色白モチ肌のしなやかな肌質。だけど、骨格はしっかりしていて男らしい手。滑りに任せて骨を辿るように摩り、手首と掌の境の丘を強めに揉み解す。ストレスに効くツボがココ。
「それもいいけどさ、さっきの指の間のとこ、気持ちいい。
まとめて押せる?こうやってさー…」
するりと俺の指と指の間に衣笠の白い指が絡まれた。
ワザとか?ワザとなのか!?
こ…これは、恋人つなぎってやつだ。
「あれ?綿貫?? どした?おーい!!」
空いた片手を俺の目の前にヒラヒラさせる衣笠。つないだ手に力が入ったのは無意識なんだろうか。
ああ、もうダメ。思考回路が追いつかない。
ぷっしゅーーーぅ…。頭から湯気が出てコタツに突っ伏した。ゴヅンと鈍い音が響く。
「綿貫!?すごい音したけどお前おでこ大丈夫か?」
つないだ手もそのままに、衣笠が触れそうな距離から俺の顔を覗き込む。近いって!勘弁して!!
衣笠の天然、恐るべし。ほんの出来心で悪戯にスキンシップを計ったばっかりに、思わぬ返り討ちにあってしまった……。
<ハンドクリーム編おしまい>
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