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[木綿] タヌキでいいです-3-

 ナポリタンの写メの全文を開くと、『今日、従業員宿舎への打診があって、試しに泊ってみる』と添えてあった。着替えも布団も心配要らないくらい、至れり尽くせりな環境らしい。衣笠の文面は浮かれ気味で、水を差すのも悪い気がした。  最終のバスで高野が寮に戻ってきた途端、ケンは雰囲気が一転し、高野しかその視界に入れなくなった。  高野は引っ越しの提案を、その場で断ったのだそうだ。寮を出ることはないと聞いて、安心したんだろう。  春からの付き合いだから、もう半年か。公認カップルはすぐ横に俺が居たってお構いなしで、二人が何を話しているのか耳をそばだててみると、互いを労わる言葉を掛け合っていて、意外に可愛らしい。  なあんだ、うまくいってるんじゃないか。派手な揉め事も、所詮は痴話喧嘩か。 「ね、ワタヌキ、ケンに何か言った? 妙に陽気なんだけど。いや、逆か? もしかして、あいつお前に何かしたのか?」 「いや別に。ゴミ置き場で立ち話したくらいで」  ……嘘は言っていない。だってあいつ、俺に直接は何もしていない。  ケンには聞こえないように補足する。 「ちゃんと絶好調カップル演じたからな。 クリスマスまでに稼ぎたいんだろ? バイト続けられるように協力するよ。  その代わり、お前も仕事中の衣笠の様子、ちゃんと見とけよ!」 「交換条件かよ。お前、やっぱり相当のタヌキ野郎だな」  タヌキね。タヌキでいいです、もう。    今日は衣笠は帰ってこないんだ。風呂場の予約はこの二人に譲ろうか。俺は夜中で良いから。   「綿貫君、衣笠に言っておいて! これ以上高野を忙しくしないでくれって。高野が寮を出るようなことになったら、僕、衣笠に何するかわからないや」  目が笑っていない笑顔で言われ、背筋がゾワリとした。  今夜、あいつが帰ってこなくて良かったのかも知れない。  余計なことを言ってしまわないよう、シンプルに返信を打った。   『衣笠、お前しばらく帰ってくんな』  連勤で体力の限界に近い衣笠を、こんなところに戻らせられないよ。  衣笠からは、不動産屋の資料よろしく設備の1つ1つが、写真付きで送られてきていた。各部屋にベッド、多チャンネルテレビ、電子レンジ、冷蔵庫、電子ロックでロフト付き、か。  まるで引っ越しの話を裏付けるかのように何枚も。  呑気にベッドに転がる自撮りが添えてある。借り物の寝間着で、知らない部屋のベッドで、見慣れない場所。なのに、いつものようにホニャリと笑う。プロが加工したあの写真より、よっぽどいい表情だ。  ……この写真、保存フォルダに移したら顰蹙だろうか?  それでも、目元に疲れの色が見える気がして、画面に触れて拡大して、そっと撫でてみる。そんなことしたって、山のてっぺんにいる俺に出来ることは何もないのだと思い知るだけだった。

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