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[きぬ]お疲れです-1-
従業員宿舎って、ホントによく出来てる。
ホテルの敷地内、すぐ隣の建物は、仕事でヘトヘトでも、タイムカードを押してドアを開けたらもう寝床。朝寝坊しても、着替えてドアを開けたらもう職場。
実際のところ、学校に用がないのに山のてっぺんまで帰って、寝て起きてまた山を下って仕事場に入る毎日は、なんだか自分が無駄なことをしているような気がしていたんだ。
三連休を従業員宿舎で過ごし、迎えた最終日。
寝惚けた頭で、8時半開店に合わせてオープンの作業に取り掛かる。
店番が僕だけの午前中、関西からわざわざこの喫茶室を目当てに温泉に来たという母娘連れが来店し、温泉談議に花が咲いた。
ここのアルカリ泉は素晴らしいのだ! 自慢なのだ! 大好きなんだ!
でも、一番いいお湯は山の上の源泉だ。アレを知ってしまうと、ホテルのお湯は気が抜けている気がする。
退屈している小学生の娘さんに、やっぱり今朝も休みに来ていたスーラジ君が話し掛け、ミルクティーの氷の音の秘密を教えてしまった。だから今日は、二倍賑やかにカラカラ鳴っている。
そうこうしているうちに、お母さんの推しメン、高野がやって来た。リクエスト通りのポーズで撮影に応じた。サイン? 芸能人じゃないので無いです! そんなのは無いんですよっ! ……全く、ネットの力ってのは凄いね。
「パパ抜きで温泉やなんて、この子が二十過ぎな無理やろなぁって考えててんけど。今回思い切って来てホンマに良かったわ。
メチャメチャええお湯やったし。
イケメンにも逢えたし。
シワも寿命も伸びた気がするわ~」
母娘は満面の笑みで帰路に就いた。
ホテルのロビーではチェックインが始まる。またひと波、接客のピークがやってくる。
家族連れに写真の撮影を頼まれ、渡されたスマートフォンが自分のと同じ機種だと気付く。このスマホ、今は見たくないんだけどな。新しいメール着信のお知らせが無いままの僕のスマートフォンを思い出し、急に気が重くなった。
メール画面を開いて映し出されるのは、最後に来た『衣笠、お前しばらく帰ってくんな』の文字列。
「『帰ってくるな』ってなんだよ……」
あの時は、目新しい部屋に浮かれてポンポン送信していたから気にも留めなかったけど、時間が経ってから読み返すと、これって結構キツイ言葉に見える。自慢し過ぎて怒らせちゃったかな。
綿貫からはその後なんの音沙汰も無い。
寮に帰らないとなると、飯も風呂も都合がないから綿貫にメールする理由がない。
だから、メール出来ない。
高野みたいな頻度でたわいもないやり取りが出来るのは、公認カップルだからだ。友達?親友?同士の僕たちは、簡単に音信不通になってしまう。当たり前なんだけど。だからなんだって話なんだけど。
そんなことを思い、仕事用のスマイルが保てなくなった。
「衣笠、疲れた? 休憩行きなよ、マスターには俺から言っておくから」
なんとか作り笑顔で誤魔化したつもりなんだけどバレているらしい。おもわず苦笑して、ぺこりと高野に頭を下げた。
休憩室で、つい癖で自分のスマートフォンを取り出す。ボタンを押すのに一瞬怯むのは仕方ないだろう?
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