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[きぬ]お疲れです-2-
休憩とは言っても特にすることもなく、ネットで芸能ニュースを流し見る。着信履歴は相変わらず何も無いまま。すっかり時計役に成り下がったスマートフォンで時間を確認し、20分で持ち場に戻った。
そもそも本来の拘束時間は高野と入れ替わりの14時までなのだから、もう帰っても良かったんだけれど、すっかり残業癖がついてしまった。
喫茶室のカウンターに戻り、店内を見回すと、海側の重い木製のドアが賑やかなベルを鳴らした。
「いらっしゃいま……せ」
ひょこっと顔を覗かせ、無言で入って来たのは、緑色の取っ手をつけた大きな段ボールを持った綿貫だった。
水とおしぼり、ティータイムのメニューを手に、窓際のボックス席へ。他のお客様もいるので、小声で話さなくては。
「いらっしゃい。どうした?びっくりした」
3日振り、かな?
綿貫がバイト中にやって来たのは初めてだ。
「ホームセンターまで買い物に出たんだ。駅からバスで。乗り換えのついでに寄って行こうと思って」
手に下げて帰るにはちょっと大きな段ボール。緑色の取っ手を二重につけてあるということは、結構な重さだろう。綿貫は、ニコリとするでもなく無表情のままメニューをめくる。
「昼メシまだなんだけど、ナポリタンってこの時間もできる?」
「メニューにはないけど大丈夫だよ。プラス百円でお飲み物が付きますが?」
「じゃ、アメリカンで」
「かしこまりました。只今ご用意いたします。しばらくお待ちください」
オーダーを通し、カトラリーの準備をしながら、窓際のボックス席を覗き見た。緊張する必要もないのに、どんな顔で、どんな話し方で居たらいいのか迷ってしまって、なんだかムズムズする。
店に行くよってメールくらいくれたって良いのに、と、思ったけど、考えてみたら友達のバイト先に立ち寄るのにいちいち連絡はしないよな。それなのに、なんで腹が立つんだろう。なんで「みずくさい」なんて思っちゃってるんだろう。
不貞腐れてた顔は誤魔化せなくて、高野が心配し始めた。
「綿貫とケンカでもしてんの? なんなら俺行くよ?」
喧嘩……はしてないよな。僕が寮に帰っていないのだから、喧嘩のしようがないじゃないか。綿貫だって怒っているわけではないと思う。
常連さんと喋り、ネットを見て来た女性客と写真を撮り、と、いつも通りの仕事をしているものの、どうにも窓際のボックス席が気になってしまってちらちら様子を伺う。頬杖をついた綿貫は完全に窓の外に向いていて、表情が量れない。
……怒ってはいないと思う。だって、わざわざここに来たんだから。
「お待たせいたしました」
レトロなステンレス製の楕円皿に盛られた出来立てナポリタンは、太陽を浴びた真っ赤なトマトのリコピンたっぷりの色で、熱々の湯気を立てている。この存在感、他に男性客がいたら、きっとつられてオーダーが入るだろう。
ランチの時間は過ぎたけれど、サラダが付いてきたのはマスターからのオトモダチサービス。粉チーズの筒とコーヒーも添えたところでレジの呼び鈴が鳴った。
「ではごゆっくり」
それだけ言って、テーブルを離れる。なんで僕だけ一方的に話しているんだろう……。反応がないのが凄い違和感。どうにも距離感が掴めなくて、手が空いても綿貫の所に近づかずに様子見を決め込んだ。
熱々のナポリタンは凄い。フォークを入れた途端、無表情に見えた口元が二っと上がった。
さも忙しそうにコップを拭くフリをして、カウンター越しにその様子を見ている僕。
美味そうだなあ、さっさと熱いうちに喰いやがれ。
粉チーズのフタを全開した綿貫は、予想外の行動に出る。フォークで麺全体を持ち上げ、皿に粉チーズをどっぷり敷き詰めると麺の塊を戻した。なんだ?何してんのお前……
流石に視線を感じたのか綿貫は視線を上げ、僕の方を見てニヤッと笑った。
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