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[木綿]お疲れさん-2-

 運ばれてきたアツアツのナポリタンは、懐かしいステンレス製の楕円形の真ん中でドシンと存在感を放っている。照り返したオレンジ色のおかけで、俺もようやく顔を上げることができた。  食べたかったのはコレ。いつもパラパラ振りかけている粉チーズを、熱い麺の下に敷き詰めて余熱で蒸らすのだ。すると、そのままでは粉っぽい口当たりのパルメザンチーズが一変! 溶けたチーズが繋がり、板状にペロンと剥がれるまで蒸らし、麺に絡めて食べる!  これ、絶っっっ対、衣笠好きだろ?  カウンターから、衣笠がこちらの様子を窺っている。もうそろそろ頃合いかな……。ここのレトロな銀色の皿は、お前の好きなチーズを更に魅力的に見せてくれるに違いない。  たっぷり仕込んだパルメジャーノが板状になったところを見せつけてやろう。  うわっはっは♪  もうもうと上がる湯気とチーズを見せつけるように、フォークに絡みつけると、たまらず衣笠が動いた。水のピッチャーを手に、席に近付いてきた。 「綿貫、何してんのそれ。そんな喰い方ズルい!」  ……狙った通りに獲物が釣れた。 「お前もやってみ? 美味いよぉ? もう仕事終われるんだろ、待ってるから着替えて来れば?」  カウンターの向こうで高野がニヤニヤしながら手を振っている。  衣笠は、奥にひと言ふた言声を掛け、バックヤードに引っ込むとタイムカードを押す音が聞こえた。 「おいタヌキ、なにしたの? あの残業虫が明るいうちに帰ったぞ? ここんとこ放っておくと閉店まで居座ってたヤツが」  高野がコーヒーのお代わりを注ぎに来た。  『なにした』って、何かしたのは粉チーズだろ。あいつを動かす魔法の粉か。  着替えて従業員出入り口から出た衣笠が、海側の木のドアから入って来た。  手荷物を俺の向かいの席に置き、高野にナポリタンを注文して、氷水を一気に飲み干す。 「……客として座ったの、初めてかも知れない」  と笑って、店内を見渡している。常連客らしい年配の人が「あら珍しい!今日はお客さんなの?」と声を掛けてきて、衣笠も「友達が来てて」などとニコニコ答えている。なんだかんだここはこいつの居場所で、上手くやってたんだな。しゃべっていたかと思えば、隣の席の紙ナプキンが少ない、なんて補充に行っているし。もう仕事時間じゃないのに。

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